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第50話・心頭滅却(杉野目線)
杉野は今、心頭滅却中であった。
膝の上に、好きな人の頭がある。
しかもここはラブホテルで、自分も藤ヶ谷も下半身は下着である。
間違いが起こりそうな条件が勢揃いだ。
何故このような事態になってしまったのか、杉野は藤ヶ谷の絹のような髪を触りながら思い返す。
そして、
(神様なんてものがいたら、俺は絶対に嫌われてる)
という結論に至ってしまった。
普通、あんなタイミングで雨が降ることがあるだろうか。
いつも藤ヶ谷に決定的なことを言おうとすると邪魔が入ってしまう。
自身の不運を心から呪うしかなかった。
そして今この状況。
(完全に生殺しだ)
我慢しきれるのか。
理性が保てるのか。
失恋のせいで弱っているらしく、言葉通り甘えてくる藤ヶ谷はあまりにも可愛かった。
(もしかしたらさっきの雨は、失恋に付け込むなってことだったのかもな)
傷ついているのに申し訳ない気持ちもあるが、どうしても役得だと思ってしまう自分に杉野は心の中で釘を刺す。
少し反省してドライヤーを置き、髪を撫でて乾いたことを確認した。
「終わりましたよ」
「ん、もうちょっと……」
藤ヶ谷は起きあがろうとはせずに身じろいだ。
杉野の体に緊張が走る。
膝枕をするのは構わない。しかし、頭を動かすたびにこそばゆい上、後頭部の髪がどうしても杉野の中心を掠めた。
頭を無にするために自分も髪を乾かそうと、再びドライヤーに手を伸ばす。
その時、とんでもないものが目に飛び込んできた。
(えろ……)
横になったせいでセーターの裾を押さえていた枕が意味をなくし、白い太腿も下着も曝け出されていた。
黒いレースのひもがグレーの毛糸からチラつくのを杉野は凝視してしまう。
(兄さんに、見せるつもりだったのか)
そう考えると、嫉妬の念がむくむくと胸を圧迫してくる。
しかし同時に、優一朗と皐の関係に感謝した。
2人が結ばれなければ今頃、藤ヶ谷は優一朗と一緒にいたことだろう。
「あのさー杉野」
「はい」
杉野の視線にも下着が見えていることにも全く気付いていない様子の藤ヶ谷が呼びかけてくる。
下着を見つめながら淡々とした声で返事をすると、小さなため息が膝にかかった。
「なんでこう……うまくいかねぇのかな俺」
完全に気落ちした音の声を聞くと、下着に意識を奪われている場合ではないと邪な気持ちを振り払う。
「悪霊でも憑いてんじゃないですか」
意識して落ち着いた声で返答すると、肩が震える。
笑いの沸点の低い藤ヶ谷にはウケたらしい。
「そっかぁ……久しぶりに初詣に行って神頼みでもすっかな」
「お供しますよ」
正月に会う口実ができるかもしれないと、藤ヶ谷の言葉に食いついた。
神など全く信じてはいないが、たまには媚を売ろうとも考える。
恋愛成就の神社でも探そうかと思っていると、藤ヶ谷がベッドに足を上げてごろんと仰向けになった。
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