64 / 110
第62話・俺にしとく?
「今回は、番も恋人も居ない人なんだよ」
それに加えて、常に一緒に仕事をしている杉野であるということも大問題だ。
今までなんとも思っていなかった杉野の行動にときめきすぎて心臓がもたない。
そのことを伝えると山吹に相手がバレてしまうので言うことはできなかった。
話を聞いた山吹は歯を見せて微笑む。
「前科調べてあげるから情報寄越してくださーい」
「杉野みたいなこと言うな!」
親切心からきている発言であることを重々承知していた藤ヶ谷だったが、ツッコまずにはいられなかった。
山吹は大手の商社で働いているため、さまざまな業界に顔が効く。
その上、父親は国の要人が利用するような高級ホテルをいくつも経営している企業の責任者という、筋金入りのお坊ちゃんだ。
とにかく扱える情報が多い。
蓮池の時に情報をくれた山吹は当然、藤ヶ谷の身に起こったことも知っている。
アルファは過保護だと聞いたことがあるが、友人に対してもこんなに干渉してくるものなのだろうか。
山吹は藤ヶ谷から体を離すと、揶揄うような表情で肩をすくめる。
「どうせ誰かさんにまた頼まれるし先に調べときますって……て、その人には好きな人はいるけど恋人はいないんですか?」
「うん」
先ほど確認したことを思い出し、藤ヶ谷は思わず口元を緩める。
そう、杉野はまだ誰のものでもないのだ。
藤ヶ谷の表情をじっと観察していた山吹は、まだ片頬の赤い顔を再び近づけてきた。
爽やかな声が生き生きと弾む。
「じゃあ遠慮はいらないからアピールしましょう。手伝いますよ」
「で、でも、多分その相手ってのが運命の番で」
「運命か。相当手強いらしいしな。でも、確定じゃないんですよね?」
「そうだけど……」
自信無さそうに言い淀む藤ヶ谷に、山吹も腕を組んで唸った。
都市伝説だと言われていた「運命の番」は現実に存在し、元々の番を解消させるほどの力がある。
そのことを調べてくれたのは他ならぬ山吹だ。
本当に杉野の好きな相手が「運命の番」ならば、太刀打ちできない可能性が高いと考えているのだろう。
「まず運命なのかを確認してから諦めるんでも良くないですか?」
「諦められるかなぁ」
藤ヶ谷はどうしても歯切れが悪くなってしまう。
諦められるならば、クリスマスから今日までの間にとっくに諦めているのだ。
一緒にいる時間が長いせいなのか、杉野が優しいせいなのか。
普段通りに「はい次」と出来ない。
「珍しいですねぇ。いつも速攻で切り替えてるのに」
「俺も不思議」
首を傾げる山吹に、藤ヶ谷も自分が分からず頭を掻きむしる。
藤ヶ谷は本気で困り果てているのだが、その様子を見ている山吹の目がスッと細まった。
「じゃあ、俺と付き合います?」
「どうしてそうなった」
すぐに冗談を言う男だと鼻で笑う藤ヶ谷の顎に、山吹は慣れた動きで指を掛ける。
眼鏡が触れそうなほどに近づいたかと思うと、耳元に唇を寄せてきた。
温かい息と共に囁き掛けてくる。
「新しい恋で忘れるのが一番早いですよ。俺なら頭を真っ白にしてあげられる」
「なんかお前が言うといやらしいな」
「いやらしいことに誘ってます」
全く動じない藤ヶ谷の首元へと指を滑らせ、カラーに沿って頸へと移動していく。
それでも藤ヶ谷は何とも思わなかった。
流されてしまおうとも思わないし、山吹の人柄を知っているので警戒もしない。
「俺が求めてんのはそういうんじゃねぇの。山吹さん好みじゃねぇし全然ときめかない」
キッパリと言い切ると、山吹は吹き出した。
「杉野の言う通りだなぁ」
「え?」
突然出てきた杉野の名前には大きく反応しそうになって、何とか声のボリュームを制御する。
一体どういう意味なのか、気になってしかたなくなった。
藤ヶ谷の心の異変には気がついていないらしい山吹は、寒さで薄く色付いた柔らかい頬を弄ぶように撫でてくる。
「この距離で話して全く脈を感じないなんて、藤ヶ谷さんくらいだってさ」
「あ、あいつそんなこと」
「何やってんだお前」
脈しかないのに、と思う藤ヶ谷の動揺した声は、地の底から響いてくるような低音のインパクトに掻き消された。
誰の声かと判断する前に、山吹の体がバリっと音がしそうな勢いで離れていった。
ともだちにシェアしよう!