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第76話・大事な話

 ヒート中に借りた服に関しては、買い直すには多すぎるためきちんと洗って返すということで話は着地した。  藤ヶ谷としては落ち着かなかったが、杉野の圧が強すぎて頷くしかなかったのだ。  2回はクリーニングに出そうと、藤ヶ谷は心に決めた。  しかし今回は世話になりすぎていて、服を買い直さないにしても何か返さなければ納得がいかない。  すると、 「じゃあ、二人で夕飯に行きましょう。今日、奢ってください」  と、提案された。  そんなことでいいのかと藤ヶ谷は思うものの、杉野がそれがいいのだと言い張った。  ヒート中の醜態を晒した後で二人きりになるのは気まずく感じたが、思い返せば今更だった。 (目の前でイったこともあるくらいだし電話で喘ぎ声聞かれてるし、ヒート中の俺の恰好やばすぎだったし……よく俺と仕事できるよ)  それだけ意識されていないということなのだろうと解釈してしまっている藤ヶ谷の胸の内は暗かった。  そんな状態でも無事に一日は過ぎ、後数分で定時という時。 「杉野ー、ちょっといいか?」  広報部所属の杉野の同期がドアを開けるなり声を掛けてきた。  何か書類のようなものを持っていることが分かり、これは残業だなと藤ヶ谷は確信する。  すぐに出られるようにデスクを片付け始めていた杉野も、その手を止めてこっそり溜息をつくのが分かった。  が。 「杉野さん、働きすぎて残業時間がヤバいので今日は絶対定時にかえるんです!!」 「私が聞くわよ。どうしたの?」  いつも藤ヶ谷と仲良くしてくれる同僚の女性2人が、広報部の彼のもとへ話しかけに言ってくれた。  同期な上に優秀な杉野が頼みやすかっただけで誰でもいい案件だったらしく、藤ヶ谷と杉野は残業を回避できた。  そして今、2人で居酒屋に来ることができている。  焼き鳥や唐揚げなど居酒屋らしい品がテーブルに並ぶ。藤ヶ谷は機嫌よく焼きおにぎりを頬張っていた。 「無理に今日じゃなくても良かったのにな? 優しい同僚に感謝だ」 「そうですね。俺は背中を押されるどころか、絶対に決めろって圧を感じます」 「なんの話だ?」  客や店員の声が飛び交う賑やかな居酒屋の隅の席で、何やら深刻な表情になった杉野に藤ヶ谷は首を傾げる。  ふと、藤ヶ谷は目の前の杉野に違和感を覚えた。  いつもなら酒の席では水のようにアルコールを摂取しているのに、今日は本当に水しか飲んでいない。  かく言う藤ヶ谷も、ヒート明けで体調が不安なことと、杉野の前でまた失態を繰り返さぬようにと今日はウーロン茶しか注文していないのだが。 (もしかして、なんか話したいことがあるとか?どうしよう。番ができたから会ってくださいとか言われたら俺は一生立ち直れな) 「藤ヶ谷さん」 「なっなんだ?」  思考が読まれたのかと思うほどに的確なタイミングで話しかけられ、藤ヶ谷の声が裏返る。  平常心を保とうと、冷たいウーロン茶に口をつけた。  対する杉野は、飲食物全てから手を離し、膝に手を置いていた。  何か真面目な話をしようとしている空気がしっかりと伝わってきて、藤ヶ谷の心臓が嫌な音を立て始める。 「好きな人いるんですよね」 「……んぐっ!? なっなんの話だ!?」  まさか自分の話題だとは思わず、必要以上に驚いてしまった。  折角口に入れたウーロン茶があだとなり、盛大に噎せ返ってしまう。

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