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第78話・俺のオメガだって感じ
「あれ、杉野は?」
小会議室の4人用の机の前に座っている山吹が眼鏡の奥の目を丸くした。
いつもピッタリと藤ヶ谷の横に立っている杉野が居なかったからだ。
部屋のドアを閉める藤ヶ谷は、気まずそうに視線を泳がせた。
「すみません、今日は他の仕事してて」
「過保護なあいつが、藤ヶ谷さんをアルファと個室で2人にさせるなんて珍しい」
本気で驚いた顔をしている山吹に、藤ヶ谷は苦笑する。
藤ヶ谷も本人にいつも言っていることだが、山吹から見ても杉野は過保護らしい。
それもこれも、藤ヶ谷がアルファのおじ様とトラブルを起こしがちなせいだと自覚があるため、強く言えなかった。
山吹は若いので藤ヶ谷のストライクゾーンから大きく外れているうえ、杉野と親しいので安心しているのだろう。
「山吹さんは信用されてますよね、ほんと」
正面に座りながら、クリスマスにも2人は一緒にいたことを思い出す。
アルファに対して厳しい杉野が山吹に心を許しているのは、本当に仲が良いからなのだろう。
(俺は、親友にもなれないもんな)
不意に2人の関係が羨ましくなって表情が曇ってしまう。
それを山吹は見逃さず、仕事で来ているというのに目を細めて突っ込んできた。
「杉野となんかありました?」
「なんでそう思うんだよ」
楽し気な声の山吹に対し、プライベートの時のように砕けた口調になってしまう。
山吹は感情の機微に鋭く、杉野も彼には隠し事が出来ないとぼやいていたことがあったほどだ。
隠せないと思いつつも惚 けようとした藤ヶ谷に、山吹は頬杖をついてニヤリと笑う。
「いつもより杉野の匂いがしないから、一緒にいないんだろうなって」
図星だった。
居酒屋以来、藤ヶ谷と杉野は仕事の報連相以外でほとんど会話をしていない。
藤ヶ谷が意図的に避けているのだ。
効率がいいからと理由をつけ、アルファの顧客は杉野に担当してもらい、藤ヶ谷は他の客の対応をしている。
杉野は藤ヶ谷の気持ちを察しているのか、心配そうにするだけで何も言ってこない。
山吹との仕事には一緒に来る予定だったのだが、別の仕事を頼まれて偶然来られなかった。
藤ヶ谷は出来るだけいつも通り振る舞おうと、肩をすくめておどけて見せる。
「俺ってそんな杉野のフェロモン移ってんの?」
「うん。俺のオメガだから手を出すなってハイアルファ様が言ってるって感じ」
はっきりと頷いた山吹の言葉を聞いて、思わず自分の腕を鼻のそばに近づけた。
特にいつもと香りは変わらない気がするが、前に蓮池にも似たようなことを言われたのを思い出す。
「……本当にそうなら良かったのに」
あの時にはそんな勘違いを他人にされるのはごめんだと感じたものだが、今となっては逆だ。
藤ヶ谷は杉野のものだと周りが認識するということは、逆に言えば杉野は藤ヶ谷のものだと思われるということだ。
そんなもの、全てまやかしなのだが。
眉を下げて自嘲する藤ヶ谷を、山吹は穏やかな瞳で見てくる。
「藤ヶ谷さんが好きな人って杉野ですよね」
「……。ああ」
「運命の番がいるんだって、杉野が言ったんですか?」
「そう。だから諦めないと、なんだけど」
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