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第79話・ソウデスネ

 揶揄うような空気が形を潜めた山吹の静かな問いかけの一つ一つに、藤ヶ谷は頷いて答えていく。  杉野本人に「好きな相手に運命の番がいるなら諦めろ」と言われてしまったことを思い出して胸が軋む。  机の上で組んだ指に、ぎゅっと力を込めた。 「諦めきれねぇの。あいつ優しすぎないか?俺に」 「んー……ソウデスネ」  山吹は微妙な声と表情で頷いた。  藤ヶ谷はそれを「誰にでもそうだから山吹ですら断定ができないのだ」と受け取る。  杉野が自分に振り向いてくれる可能性はないのだと、1人で再確認することになってしまった。 「俺、あいつの運命の番じゃねぇしな」 「んー」 「誰だかも全然教えてくんねぇし」  難しい表情になって曖昧な返事しかしなくなった山吹に、藤ヶ谷はめげずに気持ちを吐露していく。  話を聞いていた山吹はというと、腕を組んで天井を見上げ、唸り声を上げた。  体重をかけられた椅子の背がギジリと音をたてる。 「なぁ藤ヶ谷さん。運命の番ってどうやって分かるもんだと思います?」  山吹からの唐突な質問に、藤ヶ谷は眉を顰めた。 「知らねぇよ。会ったことねぇもん」  何も考えずに正直に答えてから、色々な可能性について一応頭を巡らせてみる。  フィクションの世界では、出会った瞬間に「何か」をお互いが感じたり、周期に関わらず何故か「ヒート」が起こったりとあまり具体性はない。  蓮池の元番と運命の相手の話も詳しくは分からないため、やはり「とにかく惹かれ合い結ばれる運命の2人」としか言いようがなかった。  だがそこでふと藤ヶ谷の頭に、現実主義者の言葉が頭をよぎる。 「奇跡的なほどフェロモンの相性が良いのかも……って、優一朗さんが言ってたな」  眼鏡の弦を指で擦って一緒に考え込んでいた山吹がその手を止める。  そして、目から鱗が落ちたような顔で藤ヶ谷へと視線を向けた。 「抑制剤で本来のフェロモンが変質したり相手のフェロモンの感じ方が変わることって、ありますよね」 「まぁ……そのための抑制剤だもんな」  オメガとアルファは互いのフェロモンで刺激し合う。  通常の状態なら相性のいい香りに気づくくらいだが、発情期には互いを異様に興奮させることになってしまう。  そのため抑制剤はオメガのヒートやアルファのラットを抑えるものであるが、そもそものフェロモンを感じにくくする役割もあるのだ。 「しかも毎日毎日、自分のフェロモン調節のための薬と対ヒートの抑制剤飲んでたら……」 「なんの話だ?」 「こっちの話こっちの話」  一人で何かに納得して頷いている山吹に首を傾げるが、余計に気になる返答をされただけだった。

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