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第80話・2年くらい
不審がる藤ヶ谷に、山吹はさらに不可解な質問を投げかけてくる。
「藤ヶ谷さん、ここ2年くらいでなんか変わったことあります?こう……ヒートがきついとか頻度が高いとか」
さすがにデリケートな内容なせいか遠慮がちに言葉を選ぶ山吹に、藤ヶ谷はカラーに触れて自分のヒートのことを考える。
意味が分からなくとも素直に答えようとするのは、山吹から下心や揶揄の意図が感じられなかったからだ。
表面上はいつも通り軽い雰囲気なのだが、仕事の話の時以上に真剣さが滲み出ている。
何か明確な意図があるのだろう。
そして藤ヶ谷にとってヒートの頻度などの話は、特に恥ずかしいことでもなんでもない。
「別に……、あ」
別に何もない、と答えようとしたが、言葉を切って言い直す。
「愛用の抑制剤が効きにくくなった、かな」
「なるほど」
「で、さっきから杉野の運命の番と何の関係があるんだよ」
「うん。何の関係もないです。単なる好奇心」
「なんだよー」
胡散臭い爽やかさでにっこり笑う山吹を見て、藤ヶ谷は唇を尖らせた。
絶対に何かある。
だが同時に、絶対に教える気がないことが伝わってきた。
2年前といえば、杉野が入社してきた頃だ。
もしかしたら山吹は、ハイアルファとオメガのヒートの関係性について何か思いついたことがあるのかもしれない。
それが運命の番の判明方法に影響があるのかなどは藤ヶ谷の知るところではないが。
(そろそろ仕事の話に戻そう……)
いつまでも私事で時間を潰すわけにはいかない。
藤ヶ谷は持ってきていたタブレットの電源を入れた。
それに気がついた山吹は身を乗り出して覗き込んでくる。2月の頭を示す画面を見て、トンと指先を日付のところに置いた。
「そういえば、もうすぐバレンタインですね」
「そうだよ。そのためにわざわざ茶色いカラーをチョコレートカラーとか言って売り出すんだよ」
仕事中は黒いカラーをつけている藤ヶ谷も、その日ばかりはブラウンのカラーをつけて新商品の売れ行きを店舗に見に行く予定だった。
カラーをつけた藤ヶ谷と見るからにアルファの杉野が並んでいると、顧客の購買意欲が増すようだと店員に言われたことがあるのを思い出して乾いた笑いが漏れる。
「取引先のおじ様たちのチョコ、今年はどうしようかなー」
例年、お世話になっているからと理由をつけて取引先にチョコレートをプレゼントしていた。
おじ様たち本人が好きな場合は言わずもがなだが、本人が食べずともパートナーや子供が喜ぶと顔を綻ばせてくれるのが嬉しくて。
いつもは楽しんで早めに選んでいるのだが、今年は一番渡したい相手に渡せない予定のため気が乗らず買えていない。
表情が曇った藤ヶ谷の肩を叩き、山吹は笑いかけてきた。
「あはは、仕事の話はおいといて」
「置くな置くな」
「正月の借りを、バレンタインに返します」
「はい?」
片目を瞑って見せる優男に、藤ヶ谷は
(今日の山吹さんは一体どうしたんだろう)
と、目を瞬かせるのだった。
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