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第83話・ちゃんと見とかないと(杉野目線)

 取引先のセクハラ男が、藤ヶ谷だけではなく女性社員の方にまで触れようとしたのだ。  ずっと耐えていた藤ヶ谷だったが、女性社員に向かうその手を勢いよくはたき落とした。 「トイレにまで聞こえてましたからね。『見えてんだよこのセクハラジジイ!』って怒鳴り声」 「良い年して店中に響き渡らせましたすみません」  相手の男は逆上して藤ヶ谷に掴みかかったが、残念ながらオメガとはいえ体格はベータ並みにある若い男だ。  女性社員を背に庇った藤ヶ谷に強く体を押され、男はひっくり返った。  怒鳴り声を聞いて慌てて戻った杉野が見たのは、その最後の瞬間である。  藤ヶ谷が「ご、ごめんやっちゃった……」と顔を引き攣らせて振り返ったのを見た時。  杉野は「この人はちゃんと見とかないとダメな人だ」と確信した。 「俺、それまで藤ヶ谷さんって愛嬌だけで生きてきた、何も考えてない人なんだと思ってたんですけど」 「酷くねぇ?」 「だってすぐおじさんのアルファに尻尾振ってますし」 「それは否定しねぇけども」  心当たりしかないであろう藤ヶ谷が苦笑したのを見て、杉野は更に続ける。 「オメガ差別受けてもヘラヘラしてるし体は触らせてるし……でも、あれって自分に矛先を向けるためだったんだって気がついて。恥ずかしかったです」  男が酔い始めたくらいから、藤ヶ谷はピッタリと男に寄り添い、女性社員を杉野の方に座らせて遠ざけていた。  幼いころから上品なアルファが多い環境で育った杉野は、その理由に思い至らなかったのだ。  理由を知った時から、杉野は藤ヶ谷を見る目を変えた。 「ちゃんと筋の通った人なんだって見直しました」 「そんなん普通だろ」  藤ヶ谷の頬がほんのり紅に染まり、照れ臭そうに頭を掻いた。  杉野に包まれたままの方の手が、居心地悪そうにモゾモゾと動いている。  この分かりやすさに、杉野は惹かれる。  落ち着きがない手をギュッと握りしめた。 「当たり前に思えるところが、好きです」  この人なんかいいな、の積み重ねだった。 「だけど自分のことには本当に疎くて、無意識に自分を犠牲にするし。鋭い様で悪意に気付けない時もあるし。……俺が、傍にいないとって」  変わらず、好きなように感情を出せるようにしたかった。  過保護だと言われても、それは杉野自身のためだ。  気持ちを言葉に乗せて伝えた杉野の手を、藤ヶ谷は持ち上げて緩く振る。 「俺も、お前のそゆとこ好き」  嬉しそうに微笑んで同じ言葉を返してくれる。  が、どうもいまいち伝わってないようだ。  信頼の「好き」を返されている気しかしない。  ひとまず普段通りの藤ヶ谷の空気に戻っただけで、杉野は満足することにした。 (この人の心を捕らえてるのが運命がいる相手で、両思いになる可能性がないなら……気長に待つか)  諦めるつもりは、毛頭ないのだから。

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