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第82話・どうしてこんなに(杉野目線)
しかし一度和らいだ藤ヶ谷の表情はすぐに曇ってしまう。
肩を落とし、小さくため息を吐いた。
「八つ当たりしてごめんな。俺みたいなやつ、誰かに好きになってもらえるわけないよな」
明るくポジティブな藤ヶ谷が、ここまで沈むことは珍しい。
今回の「好きな相手」とやらは相当手強そうだ。
どこのどいつだと、詰め寄りたい気持ちが腹の中で暴れ狂う。
だがまずは藤ヶ谷に普段の元気をとり戻してもらうことが大切だと、杉野は嫉妬を胸に仕舞い込んだ。
白い手に更に自分の手を重ねて包み込む。
「感情のまま、素直に笑ったり怒ったりできるのが藤ヶ谷さんの魅力ですよ」
「無理すんなって」
「本当です」
藤ヶ谷は慰めるためのお世辞だと思ったらしい。
何を言っても響かない精神状態らしい藤ヶ谷を必ず納得させようと、杉野は頭を巡らせる。
杉野は一度だけ同級生をヒートにさせてしまう事故を起こしたこと以外は、ハイアルファとして順風満帆な人生を送ってきた。
恋愛経験も人並みに有り、その都度きちんと真面目に恋をしていたつもりだ。
それでも、藤ヶ谷に向けるほどの気持ちは初めてだった。
表情をコロコロ変えて、心のままに生きている藤ヶ谷といると。
過去に恋をしていたはずの相手に申し訳なく思う。
正直、新入社員の時に藤ヶ谷が教育担当になった時には何も思わなかったのだが。
どうしてここまでになったのかは杉野自身にも分からない。
それでも、藤ヶ谷を意識するきっかけになった出来事があった。
「俺が入社してすぐの頃、藤ヶ谷さんが取引先のおっさんを殴り倒した時のこと覚えてますか?」
「あ、アレは殴ったんじゃなくて勢い余って思いっきり押したら倒れちゃったんだよ!」
「似たようなもんじゃないですか」
杉野が営業部カラー部門に配属されてすぐの頃のことだ。
藤ヶ谷ともう1人の同僚について、杉野は取引先の接待に行くことになった。
同僚は杉野と藤ヶ谷の間の年に入社した若いベータ女性だ。
その接待は、杉野からしたら最悪だった。
接待しなければならない相手は、オメガであれば男性も性対象になる男だったらしい。
ずっと藤ヶ谷の体にベタベタと触っており、オメガや女性へのハラスメント発言も多かった。
そのくせ、まだ新入社員にも関わらず杉野がアルファだと分かると妙な猫撫で声になる。
「お前の地雷どころか爆弾がそのまま置いてあるって感じ人だったよな」
「なぜアレの接待がおふたりだったのか謎です。アルファとベータの男性社員で固めてやれば良かったのに」
「普段はあんな人じゃなかったんだけどなー」
そう言って笑っている藤ヶ谷がスルーしていただけで片鱗はあった。決定的だったのが酒の席だったというだけだ。
そして、事件は杉野がトイレに行っている間に起こってしまった。
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