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第99話・良いこと(杉野目線)

 ベッド下のフレームから溢れる、柔らかいオレンジ色の光が仄かに灯る。  杉野はベッドの縁に足を組んで座りながら、スマートフォンを耳に当てていた。 「な? 良いことあるから信じろって言ったろ?」  電話からは楽しげな山吹の声がする。  杉野は本当は「ホテルに二人きり」という藤ヶ谷が逃げにくい状態になることを避けたかった。  もし自分の理性が切れてしまった時に、何をしでかすか分からなかったからだ。  今までギリギリで耐えてきたが、今回もそれができる保証はない。  だから山吹が出ていこうとした時に止めようとしたのだが。 「俺を信じろ。良いことがあるから」  と、耳打ちされた。  どういう意味なのか測りかねたが、何かホテルのサービスでも用意しているのかと軽く考えてしまう。  告白は帰るときにでもして「良いこと」が起こるまで藤ヶ谷と待機しようと決めていた。  結果、期待以上の「良いこと」が起こったわけだ。  杉野は電話の向こうにも届くほど、大げさに溜息を吐いた。 「お前、知ってたからって抑制剤を持っていくのはやりすぎだろ」 「だってお前が藤ヶ谷さんのことを運命の番いだって言ったって聞いたからさ」 「だからどうした」  悪びれた様子のない山吹の話の先を、ぶっきらぼうな声で促す。  閉じ込められ、抑制剤もないと知った時。  杉野は万が一、自分の発情誘発のフェロモンで藤ヶ谷をヒートにさせてしまったらと気が気ではなかった。  抑制剤なしでは、自分は確実に藤ヶ谷を番にしてしまうだろう。  恋人同士になったとはいえ、すぐに番として縛りつけるのはどうかと理性が忠告してくる。  そもそも、今まで恋人が居なかったらしい藤ヶ谷とはゆっくり関係を進めたかった。  誘惑に負けて快楽以外の涙を流させてしまったことを猛省はすれども、後悔はない。  しかしそれ以上は藤ヶ谷にも言った通りキャパオーバーだ。  片思いを拗らせすぎて、両想いになったことだけで胸がいっぱいなのだから。  何より、時期でもないのにヒートを起こさせるのは身体の負担が気になる。  杉野の気持ちを知ってか知らずか、山吹は軽い調子で話を続けた。 「抑制剤が身体から抜けたら、藤ヶ谷さんがヒートになったりするのかと思って」 「そんなドラマみたいなこと、あってたまるか」  杉野は一刀両断した。  藤ヶ谷のことは「運命」だと信じてやまないが、だからと言ってフィクションの世界のようにあからさまな身体の反応はないだろう。  精々、杉野と藤ヶ谷の間に起った「抑制剤が効きにくくなった」くらいの影響だと考えている。  そう説明すると、山吹は残念そうに唸り声を上げた。 「つーか、お前が藤ヶ谷さんに『好きな人は運命の番だ』とかいうから俺も混乱したんだぞ。それがなければもっと早く」 「俺は、そう感じたんだ」  咎めるような山吹の言葉を杉野は強い語気で遮った。

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