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第8-3話

「何をなさるのですか」  父親の身体を押しのけようと腕を伸ばす。だが、麗は構わず腰帯を解き、袴を下ろしてまるで枝を掲げ上げるように膝を割った。花径へと指を滑らせすっと匂いを嗅ぐ。 「花はどうした」  青はハッとして麗の腕に手をかける。枯れ落ちたと知られるわけにはいかない。 「小さい花です。匂いも、不十分なのは仕方がないかと」 「小さい花だと? 俺が花のことを何も知らないとでも思っているのか」  額に青筋を浮かべ、静かに呼吸を繰り返す麗の白い眼が天井を仰ぐ。彼の怒りに触れたのだと身体は震えだす。 「凪は催花だけだと言っていたが。入液も済ませたか。まあ、今更どうだっていい」 「凪が、嘘をついたのではありません。私が催花だけしたのだと凪に言ったのです」 「水を飲んだか?」 「水……?」  青は凪の手から注がれた雪解け水のように冷たいそれを思い出す。 「飲んだら、なんだというのですか」  手をつき、下がろうとする青の両腕は搦め上げられた。素早く柄を掴むその仕草に、恐怖が駆け抜け筋張る。胸は鼓動を弾ませ呼吸は激しく口をついていた。 「どのみち腐り落ちたのであれば、構わん」  青はまさかと目を見開く。 「水を飲ませたのは――」  花は実にならず腐り落ち、清瀬との逢瀬を結ぶはずだった実は、麗によって引き裂かれたのだ。何度、人の恋路を踏みにじれば気が済むのかと、青の顔は怒りに染まる。 「清瀬に、種をやらないためですか」 「言ったはずだ。お前が種を授ける相手は紫の婿だと」  麗は筋が浮き上がるほど強く握りしめた拳をたたきつけ、縄を引き掴んだ。  首を絞め、乱雑に引き寄せられた身体に青は息苦く呻く。 「父上は、私がどれほどこの性が憎らしいか知らない!」 「それほどまでに清瀬に熱い思いを抱いているのか」 「討伐を、中止して!」 「聞き入れられん!」  離された縄に、大きく咳き込む。しかしすぐさま取り付くように麗の裾に手を伸ばす。 「お願いです、やめてください。彼らは私の友人なのです」 「大した友人ではない。お前が大事にすべきなのは一族の血だ」 「友人を失うことがどれほど恐ろしいか。人の心を傷つけることしかできない父上にはきっと一生わからない!」  睨み付ける青の顔を見据え、麗は鼻を鳴らした。  生意気な所はそっくりだと目を細める。 「清瀬に何を期待している。叶うはずがないだろう。その身体が誰かに愛されるとでも思っているのか。俺以外に扱えるはずがない。清瀬は俺が仕留める。討伐でだ」 「なぜそんなことをする!」 「支度を調えろ!」  青は打ち捨てられるように蹴倒された。その視線の外れで踵を返す麗の背に戦慄し、咄嗟に飛びつくように手を伸ばす。 「待って! 父上!」  アッ、と、紐が首を絡めて身体は引き戻される。縄を掴み、遠ざかっていく麗の背を睨み付けた。 「凪! 清瀬にこのことを! 決して討伐に出てはいけないと!」  しかし答える声はない。凄まじい風のうなりが庭木をさらい、青の身体を吹き抜けていった。  あぁ、いないのだと、青は崩れ落ちる。  だが、このまま諦めては、今までと同じことではないか。  もう、ヤンを待ってはいられない。

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