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第8-4話

 水干を手にして脱ぎすてると、鈴はけたたましく鳴り響き、麗を追おうと立ち上がる青の身体は、勢いよく駆けつけた男に搦められた。その男の腰から刀を引き抜こうとする手を、彼が握る。  睨み付ける青はそこに颯を見た。 「颯」  抱き込む彼が手ぬぐい越しから青の皮膚を触れ、味わうようにゆっくりとなで下ろしていく。暖かな身体に包まれて、昂ぶった感情とともに力を失いながら縺れるように青は倒れこんだ。  侍従はみな麗の命令にしか従わない。この颯さえも逃したら――。  そう思うと青は颯を肘で押しのけながらも、彼しか頼れないのだとその頭を抱き込んだ。 「颯、俺を行かせないというのなら、お願いだ。鹿氏の所へ行け。清瀬に会い、討伐には行ってはいけないと伝えてくれ。頼む」 「なぜ」  つぶやく男の酷くしわがれた声に青は驚く。 「なぜ、とは、どういう意味だ?」 「恋心を失ったのではないのか」  青は言葉を失った。  どうしてそれをお前が知っているのだと、問いかける間もなく、颯は青に水干を押しつける。  行くのだと直感し、簾の下を勇んで出て行く彼の姿が、吹雪の中に飲み込まれていくのを見つめながら、青は投げかけられた疑問の答えを持ちあわせていないことを知るのであった。 ――――――――――――――  布袋葵が火を噴き、燃えさかる炎の中で、蜘蛛の男が手にしたフウセンカズラに魅入られた。  美しい花の兆しを含んだ青の恋心。凪の目には太陽の輝きと同じほど眩しく光りを放っていた。深海さえも照らすほどの眩しさに、身もよじれるほど強く焦がれた。  ――欲しい。  それを手に入れるためなら金銀や地位でさえ、すべてをなげうったって構わない。青。それだけが凪の心を狂わせる。凪では決して手に出来ない青の心。  望んでしまったのだ。 「その実を、俺に――」  唾液が沸きだし、駆け上る欲求に感情は高ぶる。獣肉を目の前にした野獣のような強い衝撃だった。  逸る気持ちを抑えきれなかった。手にした途端、見事にすべてを失った。  目印の黶も、皺も、触れてくれた傷跡さえも、皮膚はずるりと剥け、体躯はゆがみ、青を見つめてきた碧潭の瞳も焼け落ちて、愛おしいさを滲ませた声さえ奪われ、その苦痛は青の恋心を手にしたというのに、以前にも増して激しい痛みをともなった。  醜い心を表すような醜い身体。  これでは青であっても一目で誰とはわからないではないか。  しわがれた声でどう思いを告げろという。がらんどうを映す眼では、その澄みきった身体さえ見ることは叶わない。  青の心を手に入れて、姿まで失っておきながら、この見てくれでは青に愛される自信もないのだ。  それだというのに。  好きだったと。  ――一体誰のことを。  決まっている。清瀬にほかない。恋心は失ったはずではないのか。その思いが消えてもなお、青の心には残り続けるというのか。  どうしたって彼の心に凪が入り込む隙はないということか。  憎くて悔しくて仕方がない。  猛烈に燃え上がる怒りにまかせて、凪の足は湿地に向かっていた。  草深く、湿原に蠢く生き物たちが、木立や草の後ろからひっそりと凪の様子を見つめている。すると、風なりのような足音に、飛沫の上がる音が続き、獣のうなり声が身体を拭っていった。

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