50 / 53
第11-3話
「凪は決して傲慢ではない。あんただって、自分のために寝床を求めているじゃないか」
「お前に焼かれたからだ。責任を取らせて何が悪い」
ミズグモの手足から次々と小さな蜘蛛たちが這い寄って、青の背に張り付き、肩や臍へ回り込む。もしくは腰の下に下りていこうとする。
「ミズグモ! 凪の命を先に助けろ! でなければお前の言うとおりにはならない!」
「入ってくるものを追い出す方法はない」
「火を入れてやる。お前の大事な蜘蛛たちを焼き尽くす!」
「お前も死ぬぞ」
「心臓に種を仕込んだのはそっちだぞ。もともと合戦を止められなかったら、街の種を取り出すつもりだった」
清瀬に思いも伝えられた。その上凪も助けられるのなら思い残すことはない。
するとミズグモが手を引く。小さな蜘蛛たちも青の身体から離れていく。
「お前にやった種を一つ返してもらう。だが、凪の命を助けるわけではない。姿を戻すだけ。それだけだ」
「種、まさか、心臓の種のことを」
「選択肢はない」
ミズグモの手が糸を引き、青の心臓の中から種が取り出される。恋心を引き裂かれたときより痛みはない。だが、それはベベと約束したもの。ヤン・ギューにとっても大切な街の種だ。
「あんたにとっても大切なものではないのか」
「蜘蛛はどこでも生きていける。怪士だって同じこと。お前の我が儘でヤン・ギューの家を失いたくないだけだろう」
我が儘、と青は言われて弾かれたように顔をあげた。
「あの家は兄弟二人の宝物が詰まった家なんだ。優しい家を奪われたくないと思うのは、仕方がないことだ」
「ならばヤン・ギューに聞いてみろ。なくなれば家を作りなおすというだけだぞ」
彼らが言いそうなことだと青は唾を飲む。
「だが、ベベが、街の種を必要としている」
「あいつは自分の価値を失いたくないからお前を利用しただけ。もし本当に必要だというのなら自分を犠牲にしてでもここへ来た」
強い衝撃を受けたように息が詰まった。
それではなんのために大事なものを失ったというのか。まるで青の喪失は無駄だとでも言いたげではないか。これで街の種さえももっていかれたら、清瀬への思いを失ったあの悲しみはなかったことになるのか。
「このまま、引き下がれというのか! 俺は清瀬への心を失ってまで!」
消えていく蜘蛛に咄嗟に怒号を上げる。
「待て! 行くな!」
ヤンもベベも、失いたくないから青を犠牲にしたというのか。やはり怪士。まんまとはめられたのだ。
どんなに誠実なふりをしようとも、どんなにいい人を演じようとも、根っからの怪士の性分は変えられない。努力などしたところで麗を説得することもできず、戦も止められない己のようだ。
青は両手を叩きつけて打ち震えた。
「――最悪だ」
ヤンを疑うほど醜い気分になる。彼を非難するほど哀れな人間性を露呈するよう。ヤンは青の想像もできないほどに自分を制御している。それは青の努力と比べものにもならないほどの強い意志なのだ。責任を押しつけて何が変わるというのか。もう街の種も、凪の命さえもないのだ。
「だめだ、落ち込むな」
清瀬のためにと思ったことも、嘘にするつもりか。
ともだちにシェアしよう!