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第1話 偽物の番

「出ていって」 「え、いま、何て?」 俺はその言葉に呆然としていた。 目の前には、俺と同じようにこの世界に召喚され、この獣人国で守護者と呼ばれる特別な存在の番に選ばれたかわいらしい顔立ちの美少年がいる。 年齢は俺と同じ18歳。しかし何もかもが違った。俺は天涯孤独な施設育ち、彼は大企業の御曹司。そのふわふわな薄茶色の髪と色素の薄い瞳、さらには人懐こい顔立ちも相まっていつもみんなの中心にいる人気者、竜欧院(りゅうおういん) かさね。 周囲はいつも彼の味方で、彼に嫌われていた俺はつまはじき者にされてきた。 ――さらにはいじめだって。 彼はそんなことをやめてくれといい子を演じていたが、その顔と実家の財力を使って命じていたのは彼自身だったと知っている。 ――更には俺が気持ちを寄せていた同じ施設で育ったお兄さんまで、その顔と財力を使って奪っていったんだ。 だから彼と相容れないのは分かっていた。 だけど。 「出ていってって、言ったの。ここにアンタの居場所なんてないの。イルの優しさに付け込んで、いつまでもここにいられるだなんて思わないでよ。イルだって本当は偽物の番だったアンタのことなんて、邪魔で仕方がないんだから!」 偽物の、番。 その言葉が俺の胸に深く突き刺さった。 俺はこの世界に召喚された。竜欧院 かさねがこの世界に召喚される3ヶ月前に。 ――その日、この獣人国の神殿にお告げがあったのだ。守護者の番を召喚すると。 この国を守る特別な存在……守護者は5人いる。現在はひとり空位があるらしく、4人ではあるが――そのうちのひとりがイルだ。この国の第1王子で、同時に守護者に選ばれた白虎族(びゃっこぞく)の美青年であった。 そのイルと同じ守護者である黒兎族(くろうさぞく)のトゥキの番と共に俺は召喚された。 トゥキは俺と共に召喚された青年と抱き合い、番と出会えたことを歓喜していたが、俺とイルは違った。 イルは困惑していた。だが、一方がトゥキの番ならば自身の番は俺だと。 この世界は獣人と言う種族で構成されている。人間は召喚者だけで、獣人と番っても獣人の遺伝子の方が強いので子ができても獣人として生まれてくる。 他には竜人と呼ばれる召喚者もいるそうで、イルに連れられて国王陛下に挨拶した際にちらっと見ただけだが、見た目は俺たち地球の人間と変わらなかった。それよりも、陛下の見た目は―― ――――いや、そんなこと、聞ける雰囲気じゃないし。 聞けるひともいなかった。竜人のことも、たまたまイルが口にしたのを聞いていただけだ。国王陛下たちとは口も交わしていない。 国王陛下と挨拶する作法など何も知らないから、俺はイルの隣でガチガチに緊張していただけだった。 しかもこの世界の言葉は地球とは違った。地球にもさまざまな言語があるけれど、少なくとも日本語や英語ではない。守護者の運命の番ならば、言語も自動で翻訳されるらしいが、俺にはそんなチートなかった。 召喚の間で俺を出迎えた神官は翻訳魔法を使って話してくれた。 また、守護者もチートで異世界語を理解でき、自動で翻訳してこちらに聞こえるらしく、イルもそうして話してくれた。 だから召喚されてすぐの俺はイルやトゥキ、神官以外のひとがしゃべる言葉も分からなかった。 宮では、使用人たちにやっかまれ、命令されて嫌でも言葉を覚えざるを得なかった。悪口を遠慮なく俺に聞こえるように言う使用人たちのお陰でいつの間にか悪口さえも聞き取れるようになっていたが。 言葉を一から覚えないといけない時点で俺は、イルの運命の番ではないと言えたのではないか。 けれど当時の俺にはそれを訴える語彙も、知識も不足していた。 イルには恐くて問えなかった。このまま捨てられたら、言葉も分からぬ世界で生きて行くなんて困難だ。 なら、会いに来なくても、言葉の通じるイルの元にいた方がいいのではと我慢した。 けれどイルは、何で言葉も通じない俺を運命の番だなどと言ったんだろう。 それは言葉も通じない異世界に放り出されるかもしれない俺への慈悲だったのか。 運命の番でも、ないのに。 番、と言うのは本来獣人族の夫夫(ふうふ)のことである。この世界、男しかいないから番も男同士である。そしてその中には運命の番と呼ばれる存在がいる。 全員がその存在に出会えるわけではないが、出会えたら奇跡、幸運だと言われているらしい。 そんな運命の番に、守護者だけは必ず出会うことができるのだ。 守護者は孤独だ。国を、民を守るための絶大な力や異能を持つが故に理解者に恵まれづらい。 だからどんな時にも支えとなる運命の番を神が異世界召喚で遣わしてくれるのだ。 もちろん、守護者の番以外にも召喚されてくる者はいるらしい。――だが、今回は守護者の番だとお告げがあったものだから、イルは俺を番だと迎えた。 でもイルにとって俺の存在は多分――運命の番ではない。イルの宮で暮らしているとは言え、イルには滅多に会わない。 守護者同士、守護者の番同士の集まりもあるそうだし、茶会もあるそうだが俺は一度も呼ばれなかった。 何故知っているのか。それは使用人たちが噂していたからだ。イルの宮で何もすることがなく与えられた部屋でじっとしていれば、使用人たちに雑事を押し付けられた。その時に聞いた。通常運命の番は互いに求め合い、離れないものなのに、イルは俺には全く会いに来ない。守護者と王子の仕事が忙しいと聞いているものの、建前だろう。 ――みな、陰ながら噂している。俺は、イルの運命の番ではないと。そんな風にして、俺は3ヶ月を過ごした。 そして召喚されてから3ヶ月後に、それは証明されてしまったのだ。 再び守護者の運命の番が現れるとのお告げが下り、イルは神殿に真っ先に駆けて行ったそうだ。 そして神殿にて、本物の運命の番と出会った。その後俺の前に竜欧院 かさねを連れてきたのだ。 そして今はまさにそれから1ヶ月が経っていた。 残酷な宣言だった。もうイルの番ではないから、番用の部屋を出ていってくれと。 番用、か。 ――嘘つき。 運命の番と離れたがらない獣人が、自身の寝室と離れた場所に、番の部屋を置くのか? 俺が与えられていた場所は、客室だ。 だがイルは、異世界人で右も左も分からず、お金も家もない身だと宮の使用人として暮らすようにと使用人用の部屋を与えた。 宮では俺は笑われもので、今まで以上の、それも朝から晩まで休む間もなく雑用を押し付けられた。 そしてあっという間にイルの番として宮のものたちの心を掴んだ竜欧院かさねは、俺はイルの運命の番の座から引きずり下ろされた腹いせに竜欧院 かさねをいじめる悪者――偽物の番と呼ばれるようになっていた。 禍根がある彼とはなるべく会わないようにしていた。尤も朝から晩まで休みなしで働かされている俺に、彼と関わる時間などあるわけがない。 ――全て嘘だ。でもみんなそれを信じた。地球での財力がなくとも、今の彼は王子兼守護者の運命の番と言う揺るぎない権力と立場を持っているのだから。 1ヶ月もここに居座れただけ、ましだったのだろうか。竜欧院かさねはここの連中の心を掴むのに1ヶ月も必要としなかった。せいぜい1週間だ。本当に、恐ろしい才覚である。 「もうぼくたち運命の番の絆を邪魔しないで」 邪魔なんて、したことはない。俺はただ働かされるだけで、2人の間に入ることも、関わることもなかった。 働かされている現状にはもう疲れたけれど、ここを追い出されて、どうやって生きていったらいいのか。 異世界人の俺には、何もない。何も持ってない。身に付けていた衣服だけでこの世界に来たのだ。 しかし、その場は反論できる雰囲気でもない。宮の連中が、みな睨んでいる。 運命の番の竜欧院 かさねとイルの間を引き裂く悪の元凶として。 俺はよろよろと立ち上がり、宮の外へと出た。すると宮の扉は非情にも硬く閉じられて、再び開くことはなかった。 ――もう、ここには戻れない。どこにもいくあてがない。 この城を出たら何処に行けばいいのか。と言うか、この城の出口は何処だろう。けれど周りは偽物の番の俺をひそひそと笑うだけ。もう、ひとのいないところに行きたい。 ――そして、気がつけば薄暗い回廊に立っていた。本当に、誰もいない。 「誰か、いないのか?」 ずずっ 近くの部屋で何かが蠢く音がした。 「誰か、いるのか?」 導かれるように扉に向かう。そして、その両開きの扉を開く。 ――中は、真っ暗だった。でも、この部屋から聞こえたんだ。 恐る恐る足を踏み入れれば―― 「わっ!?」 何か硬いものに躓いてよろけてしまった。 だんっ 「うぐっ」 硬い、けれど顔から弾力のあるものに飛び込んでしまった。なんだ?これは―― ふと、手を引き寄せようとすれば、どろっとしたものが纏わり付く。 「ひっ!?」 ――更に、 ストンッ!! 背後の扉が勢いよく閉じられたのが分かった。 「ちょっ!?」 慌てて立ち上がろうとすれば、 どしっ ずずっ 背中にのしかかるもの、俺の手足に巻き付いてくるもの。まるで、蛇のようだ。 「は、はなっ」 不意に顔を上げた時だった。 妖しく光る金色の双眸と目が合った。 「見つけた、私の運命」 妙に艶のある男の声だった。そして、トクンと心臓の鼓動が跳ね上がった気がした。

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