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第1話

   カウンターで区切られたこちら側とあちら側は完全に別世界だ。  店員と客、サービスをする方と受ける方。  決して交わることはない。  カウンターは越えられない壁だ。      カランカランと来店を知らせるベルが鳴る。  足を踏み入れると、香ばしい匂いの漂う店内はほとんどの席が埋まっている。大きな通りがある方面はガラス張りになっていて、広々と感じる空間は日当たりが良くとても明るい。  客の年代は幅広く、制服を着た高校生もサラリーマンも老人も、ベビーカーをテーブルに寄せている人もいる。  現在は午後三時。カフェタイムをとりたくなる時間だ。 「いらっしゃいませー!」  明るい声が向けられた。  こちらの姿に気がつくと、柔和な笑顔が少し困ったように歪む。  明るい木目のテーブルの間を早足で近づいてきながら、その長身の男性店員は手を合わせた。 「ごめん、今日はいつものカウンターが埋まってるんだ。テーブルでいいか?」 「ああ、大丈夫だ。どの席でもここのコーヒーは美味いからな」  親しげに話しかけてくるのに対して、こちらも友人のように軽く手を振って返答する。常連客の特権だろう。  しかし、カウンター席の方が埋まっているとは珍しいこともあるものだ。一人でコーヒーを飲みたい人が多かったのか、自分が来るまではこれから案内されるテーブル席が塞がっていたせいなのか。  どちらにせよ、自分にとっては少し残念なことではある。  なぜなら、カウンター席で先程の彼がコーヒーを淹れる姿を見るのが楽しみでこの店に来ているのだから。    俺は小金澤隼人(こがねざわ はやと)。  このカフェの近くのバーでバーテンダーをやっている。  出勤前にこのカフェに来て、香り高いコーヒーを飲むのが日課だった。  コーヒーが特別好きかというと、多分そうでもない。二つのカップを出されたら、味の違いくらいは分かるだろうが。  先にも言った通り、俺の目的はここの店員だ。  この店でバリスタをやっている男に、はっきり言って惚れている。  とはいっても、プライベートのことは何も知らない。  名前すら知らなくても不自由しないため聞いていないが、カフェの店長が「タカ君」と呼んでいるのでそういう名前なのだろう。向こうからすると一年近くここに通い詰めているだけの、ただの常連客の一人なのだ。  流石に愛称で呼ぶわけにはいかない。    俺は、ただひたすらに、バリスタの顔と身体と声が好みだ。  初めてこの店に入ってこの男が目に飛び込んできた時にはフリーズしかけた。  いや、フリーズした。  少し早く職場の近くに着いた時に、なんとなくで足を踏み入れた自分を褒めたい。  ふわりと癖のある明るい茶髪のショートヘア、眉が隠れるくらいの前髪。  二重瞼を縁取るまつ毛は上に緩やかなカーブを描いている。鼻筋はスッと通っていて、薄く形の良い唇はいつも微笑みを浮かべていた。  身長は高身長と言われる俺と同じくらいか、少し高いくらいだろうか。  バランス良く筋肉が付いているのが、長袖の白いワイシャツを着ていても分かる。  体のラインが出やすい黒いズボンに覆われた、引き締まった尻。  何度触りたいという欲望を押さえ込んできたか。  そして、 「今日も『本日のコーヒー』で良いか? たまには他のにする?」  テーブルに水のグラスを起きながら発せられる爽やかなバリトンボイスは耳に染み込むように心地良い。  一体、ベッドの上ではどんな声で鳴くのだろう。 「そうだな、いつもので頼むよ」  邪なことを考えていることを悟られぬように、瞼に掛かる前髪を払いながら笑顔で注文をする。  焦茶のエプロンが翻るのを見ながら足を組んで座り、鞄から今日の朝刊を取り出して開く。店内の香りとインクの匂いが混ざるような心地がした。  こんなことを言うとバリスタ本人には怒られそうだが、飲むコーヒーは正直なんでも良いのだ。  新聞紙から少し目線を上げて、カウンター内の彼を盗み見た。  俺の注文したコーヒーの豆を測る手元や、静かで真剣な目元。  接客時の柔らかい雰囲気も良いが、コーヒーを淹れる時のどこか色気のある空気がお気に入りだ。それをカウンターから見るのが本当は一番良い。  たまに視線が合うと目が細められるその瞬間が俺の活力の源だった。  癒しの力が凄いのだ。  頭の中では何度も犯しているが、本気で抱きたいのかというと、汚したくない思いも強かった。  だから、ただただこのカフェに通い詰めるだけになっている。    しかし、そんな日々に転機が訪れた。  俺の務める店に、彼の方が客としてやってきたのだ。  

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