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第14話(完)
気怠い身体でなんとか尻を上げ、体内に残った白濁を掻き出す刺激に耐える。「もうすぐ終わる」と、処理してくれている春日は囁いた。
「っん……そういや、こないだうちの店に一緒に来てた人は……」
枕に顔を埋めていると、どうしても声が曇る。しかし、何か喋っていないと、羞恥心で死にそうだった。
「え? 大学からの友だちだって言っただろ?」
話によると、前に行ったカフェを経営している友だちも含めて三人で仲が良かったらしい。
俺のことが気になるということを春日は友人たちに話していた。そのため、俺たちがカフェに行ったことを知ったあの美人は「自分も噂のバーテンダーの顔を見てみたい」と言って一緒にバーに来ることになったという。
俺はあの時は失恋モード全開だったため、全く耳に入って来なかったようだ。
「そっちこそ、清水さんは?」
「は?」
急に出てきた清水の名前に、思わずポカンと口を開けて振り返ってしまう。それと同時に春日は指を抜いて「終わったよ」と微笑んだ。
新しいティッシュに手を伸ばしながら、少し拗ねたように唇を尖らせる。
「こないだ一緒に帰ってただろ。……俺から逃げるみたいに」
「気付いてたか」
痛む腰に鞭を打ち、横向きに寝直しながら苦笑する。隣に座って素肌に布団をかけてくれながら、春日は溜息を吐いた。
「いくら定時でも普通、あのタイミングで帰らないよ」
同じ接客業に就く者として当然の意見かもしれない。いや、あの時は誤魔化せたと思っていたが、どんな人間がどう考えてもおかしかったか。
俺は、お互いの好みや性格などを良く知った友人の顔を思い浮かべる。
そういえば、抱きたいなどと思ったことは一度もない。趣味の合う友人以上の何者でもなかった。問題はその趣味が、あまりにも性的な行為であることだったが。
「あいつもタチだし、ただの腐れ縁だよ。……3Pくらいはしたことあるけど」
「3P」
唖然と復唱してから、黙ってしまう。
彼にとって異次元の言葉に戸惑っているのか、それともセフレにあたるのかどうか、頭の中で審議中なのだろうか。
まともな神経をしていれば、良い気分ではないことは百も承知だ。これからしばらくはあいつとそういった遊びをすることは無いなと感じる。
「3P、興味あるか?」
「怒るぞ?」
ずっと何も喋らなくなってしまったのでつついてみると、眉を寄せられた。
爽やかに笑っていることが多いから、低い声もムスッとした顔も初めてだった。
にやけながら上半身を起こし、ふんわりとした毛質の頭を撫でる。体はもう少し寝ていたいと訴えているが、悟られないように余裕ぶった。
「かわいいな」
「からかうなよ……」
「本当のことだからな。……今度は抱いてみたい」
気付かれていたとは思うが、この本音は初めて耳に入れたかもしれない。
春日は嫌そうな素振りは見せず、手に擦り寄ってきた。
「小金澤さんは、俺と違って優しそうだな~」
否定はしない。常からは想像出来ないほど、春日の抱き方は激しい。こちらのテンポが乱される。だからこちらが何かを仕掛ける余地がないのだ。
俺は虐める時も相手の呼吸に合わせるから違うタイプだと思う。
「でろっでろに甘やかしてやるよ。……初めてじゃないんだったか」
「ん? うん。俺はどっちも経験あったよ。大学の時は、春日さんを責められないくらい……その、遊んでたから……」
頬を撫でると心地よさそうに目を細めていたのだが、急に歯切れが悪くなった。
「真っ当なこと言う割に慣れてると思った」
この容姿だ。モテないわけもないし、大学生は自由な上にやりたい盛りだ。意外でもなかった。
むしろ、ヤり慣れているだろうという俺の嗅覚は正しかったと内心ドヤ顔だ。
「じゃあ、3Pも……」
「それはやったこと無い!」
「じゃあやろうぜ。何かお前の初めてを寄越せよ」
春日に出会ってから、俺ばかりが初めて尽くしだ。さすがに清水とかに春日の体を見せる気はないが、なんでも良いから「こんなの初めてだ」って言わせたい。思わせたい。
「恋人とするのにもう一人って。ありえないだろ。……俺は、他の人に見せたくない」
頬を弄んでいた手を引かれ、抱きしめられる。最中よりは冷めているはずなのに、直接触れて伝わってくる体温が熱い。
かわいい。そして、どこか照れ臭い。
俺は肩に顎を乗せ、誤魔化すように口を動かした。いつもより、少し早口になってしまう。
「んーじゃあ、他に何かないのか? 中イきとかドライとか。て、さっき気持ちいいからって俺に言ってたし経験あるのか」
「えっ」
「え?」
「……」
表情は見えないが、焦ったような声からの不自然な間。それが、どういう意味なのかは聞かなくても想像が出来た。
俺は体を離すと、笑顔を貼り付けて春日の両頬を引っ張る。妙に柔らかくてよく伸びた。
「嘘がつけないやつだな。まるで経験があるみたいに俺を好き勝手しやがって」
そうは言っても、俺も同じようにセフレに迫った記憶があるので本気で怒ってはいない。
「ご、ごめんなひゃい。や、でも気持ちよかっただろ?」
「おー、癖になりそうなくらい気持ちよかったよ」
軽く聞こえるように言ったが、嘘偽りない言葉だった。
思い出すのも悍ましいほど喚いて拒否したが、不安になるくらい気持ち良かったのだ。まだ、身体の中心が疼いているような気がするほどに。
こんなに後を引いたことは今までにない。
俺の言葉を聞いた春日は、頬を引っ張られた間抜けな表情で肩を撫で下ろしていた。
「良かった」
気持ちが良いと、はっきり言ってもらうと嬉しいものだ。そういえば、さっきは必死過ぎて全然言わなかった。
俺としたことが、恋人になって初めてのセックスだったというのに。愛の言葉すらいう余裕が無かったのではないか。
俺は頬から手を離した。
「なぁ、孝明」
噛み締めるように、名前を呼ぶ。
「うん?」
「今度はもっと、ゆっくり抱けよ」
しまった、自然と抱かれる前提で言ってしまった。抱かれる前には、今は譲るが次からはずっと抱いてやるくらいの気持ちでいたというのに。
体で愛を受け止めることに、馴染んできてしまっている。
現実を直視することが出来ず、所々赤くなった鎖骨辺りに目を向ける。解放された頬を摩っていた春日の声に焦りが生まれた。
「ごめん、そんなにしんどか」
「じゃなくて。……そうしないと、好きとか、愛してるとか言えないんだよ……お前は、言ってくれたのに」
謝罪の言葉を遮って、正直に話す。
こういう話は、下手したら抱かれるよりも恥ずかしいかもしれない。何も言わずに見つめられる気配だけする。
流れる空気が甘ったるくて胸がむず痒い。
「黙るな。恥を偲んで言ってんだから。言っておくが、俺はいつもはもっと」
どんな顔をしているのか、反応が気になりすぎて眉を寄せながら再び春日の顔を見る。
耳まで真っ赤にして穴が空きそうなほどこちらを見つめている男がいた。
視線が合うと、腰を引き寄せられる。
「大好きすぎる……!」
「……っ、んぅ……!」
勢いのまま唇に、噛み付くようなキスをされた。
技巧などは関係なく、心のままに吸い付いてくる熱にそのまま蕩けていきそうになる。
「そゆ、とこだよ……、俺も、好きだ孝明」
濡れた唇で鼻先に口づける。こういうのが愛の篭った瞳というんだろうな、と感じるほどに煌めく目が俺を映している。
「今から、やり直すか?」
「ばか、もう動けねぇ。……腹も減ってきた……」
指で額を弾くと、目を瞑る様子が体格に似合わず愛らしい。
「ご飯、忘れてたなー」
俺の言葉を受けて腹を撫でた春日がベッドから足を下ろした。離れていく体温が、少し名残惜しい。
床に散らばった衣服に手を伸ばしながら振り向いた男は、いつもの爽やかで優しい笑顔だった。
「キッチン、借りて良いか? 俺が作るよ」
「元気だな。冷蔵庫の中は好きに使ってくれ」
俺は「ゆっくりしてて」という温かい言葉に甘えて、ベッドに潜り込んだ。
なんか、幸せだな。こういうの。
部屋に漂う、食欲を唆る香りと共に。
「出来たよ」
カウンターを越えあった俺たちは、キスで起こし起こされる経験を、これから数えきれないくらいするだろう。
終わり
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