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第17話 彗の賭け

目覚ましが鳴り、目を覚ますと下半身に違和感を感じた。 進藤が舐めたりキスをしている。 進藤を自分の体から引き離す。 「もうしないからね。一晩だけの約束だし」 「やっぱりそれは撤回で。僕と付き合ってください」 進藤が猫のように柔らかい体をすり寄せてくる。 「嫌だよ。お前の性欲処理機になるのはゴメンだ」 なんなんだあの性欲の強さは。 あれに付き合ってたとすれば、兄をもはや尊敬する。 もしかしたら、いつの日か立場が逆転して、性欲の強さに耐えかねた兄が身を引いたのかもしれない。 「僕の中では、望月さんはもっと激しいセックスをしてる人だと思っていたのですが……」 「頭の中で勝手にセックスするの辞めてくれますか? シャワー浴びてくる」 「一緒に行っていいですか?」 「ダメだ。今日は火曜日で仕事があるんだから、遅刻しないように気をつけないと」 進藤はにやにやと笑っている。 ♢♢♢ 「やめろっ、こんなところでっ」 望月は従業員のロッカールームの壁際に追い詰められ、進藤からキスの嵐を受けていた。 「付き合ってくれれば、会社ではしないです」 やっぱり、失うものが無い若者に手を出すんじゃなかった。 「俺は、誰とも付き合いたくない、独りがいいんだ。そっとしておいてくれ」 「じゃあ……一回だけ、チャンスをくれませんか?僕と賭けをしましょう。」 「賭け?」 「半期に一回の、全国営業成績ランキングに入ったら僕と付き合ってください」 「……本気か?今、お前はランキング的にはかなり下の方なんだぞ」 「でも、そこまでしないと、望月さんは僕が体目当てで迫ってると思ってるでしょ。僕は、本当に望月さんに憧れて好きになったんです。だから、仕事で証明します」 進藤はまっすぐ望月を見た。 驚いた。 あの可愛いだけの進藤ではなくなっていた。 言ってる中身は、おっさんを口説いてるのだけど……。 「彼女はどうするんだ。同棲までしてるのに」 「別れることになりました」 「は?」 「実は昨日、彼女と別れ話になって。だから家に居づらくなってつい望月さんちに行っちゃったんです」 「そういえば財布は……?」 「あれは、ウソです。」 まんまと騙された。 だが、このしたたかさがあったら、ランキングインもできるかもしれない。 「わかった。ここまで来たら賭けに乗るよ……」 「がんばります!」 そう言って進藤は望月にキスをした。 「キスしたら、賭けの意味がないだろ!」 それ以来、半径1メートル以内に進藤を入れないようにした。 ♢♢♢ そこから進藤の快進撃が始まった。 もともと優良客が多かったこともあり、追加の契約や紹介が増えていった。 経営者が集まる会に顔を出したり、大学の同期に話を持ちかけ、紹介をしてもらっているらしい。 進藤は元々公務員になることを考えて政治学を専攻していた。 その時の勉強が世界情勢の読みに生かされ、大口客も増えていった。 ♢♢♢ 「進藤……この新規開設口座ってまさか……」 「兄です。あと他に何件か紹介もらいます」 ここまで来ると兄が不憫に思える。 「兄のことは、キッパリ諦められました。やっぱり恋は人を変えますね」 進藤はニコッと笑った。 「兄もホッとしてると思うよ……」 数字はかなりいいところまで来ている。 この支店全体もかなり営業力はついて来ているが、進藤が一番だった。 ♢♢♢ ランキング発表の日が来た。 同行訪問ということにして営業車を出し、2人で見ることにした。 画面を開く、上からスクロールしてチェックしていく。 支店、名前、営業成績が表示される。 「……無い……ですね」 遠藤の力なく言った。 望月もチェックするが、やはり無い。 「ランキングの最後の人と、100万差…かぁ……」 100万はかなりの僅差だ。 進藤はパソコンを閉じて顔を手で覆った。 「かなり凄い数字だよ。ランキング入りの金額も似たり寄ったりだし、本当に惜しかった。よくがんばったよ」 進藤は顔を覆ったまま、黙っている。 おそらく、当面のお客さんのあてはないのだろう。 一年分のノルマは超えているので、会社的に問題はないが、要は俺との関係のことだ。 「あのさ、俺は、本当に凄い数字だと感心してるよ。俺にはできない営業の切り口も見つけたし、顧客の質もいい。これからの仕事も楽しみだと思ってる」 進藤はまだ黙っている。 「実は……最初の頃、今回のことをきっかけに、お前は仕事を辞めちゃうんじゃないかと思ってたんだ。お前の頭の良さであの資格が取れないわけないんだよ。だから、元々金融に興味がないのかなって。だから、仕事をがんばりたいって言われたのは嬉しかったし、問題児のお前が今やこの支店のエースでみんなを引っ張ってるなんて、想像つかなかった。本当にわからないもんだなって……」 望月は一度、深呼吸をした。 「俺は、お前のがんばりを見て、この仕事で初めて感動した。ほかの支店でも売上の改善はしたけど、それはあくまで俺の『想定内』だったんだ。面白かったけど自己満足で終わりだった。でも、お前の成長はそんなんじゃなくて……」 進藤が手を下ろし、ゆっくりとこちらを見た。 「ありがとう。人は変われるんだ、って教えてくれて。まあ、もしまだお前が付き合ってほしいというなら……それでもいいかな、と思ってるよ……」 進藤は目を見開いた。 「本当ですか?!」 進藤は望月に抱きついてキスをした。 「ちょっと! 待てって!」 望月は進藤を押し退ける。 「嬉しいです……本当に……」 「まあ……どこまで持つか、わからないけど……」 望月は乱れたネクタイを直しながら言った。 「なんでそんなことを言うんですか?」 「今までまともに人と付き合ったことがないからね」 「それなら……僕がリードするんで、大丈夫です!」 最近の若者、前向きだな。 思わず笑みがこぼれた。 ♢♢♢ その日の夜、望月は、進藤の成長ぶりやランキングについてメールで長谷川に報告した。 普段の望月は特定の誰かに肩入れすることはない。 このあり得ない行動の意味を、長谷川なら汲み取ってくれるだろう。 望月はパソコンを閉じた。 「………あれ? 僕、寝てました?」 ベッドに横になっていた進藤が起きた。 「別に、そのまま寝てていいよ。もう、遅い時間だし」 「帰るつもりは最初から全然ないんですけどね」 「でしょうね」 「何もしないんで、一緒に寝ましょうよ」 何もしない、には怪しんだが、ベッドは一つしかないので布団に入る。 進藤は擦り寄ってきたが、すぐにまた眠りについた。 今まで誰かを可愛いとか、愛しいとか、思ったことがなかったが、進藤の幸せそうに眠る横顔に自然に触れたくなった。 カーテンの隙間から月明かりが差し込んでいた。 星の瞬きが綺麗だった。

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