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第18話 薬指

不思議なことに、進藤と付き合うようになって望月の女嫌いは軽くなった。 以前はCMやデパートで女物の商品がアピールされているとそれだけでムカムカしたが、今は気にならなくなった。 さすがに女性社員に八つ当たりするようなことはしていないが、絶対に親しげな雑談はしなかったし、2人での同行訪問は避けていたが、最近はそれもできるようになってきた。 ―――――――――――――――――――― 「明日、女性社員と遠めのとこに同行訪問ですね…。」 進藤の声はとげとげしい。 今日は寒い日だったので、進藤が鍋焼きうどんを作ってくれた。 小さな土鍋がそれぞれ用意される。 「ああ、たまたま俺も縁のある方で。彼女だとまだわからないことが多いから、最初のフォローにね。」 進藤は料理上手で最近は進藤のアパートに帰ってご飯を食べ、そのまま泊まるかたまに自宅に帰るか…という生活だった。 よく、男の胃袋を掴むという言葉があるが、外食ばかりだった望月にとって本当にその通りだった。 進藤は、ムッとした顔をしている。 「しょうがないだろ、仕事なんだから。」 「最近、合コンの誘いを受けてませんでしたか?」 すごく耳ざとい。 「あの人、離婚しただろ?元々女好きだったから、若い子と遊びたいらしくて。人数合わせに声をかけられただけで、もちろん断ったよ。」 うどんを啜った。 「じゃあ、最近転職してきた彼はどうですか?爽やかですよね。」 彼は30代半ばで他の業界の営業マンをやっていた。 スポーツマンらしく、明るく社交的だ。 営業の仕方は任せて、知識や提案内容を望月がフォローしている。 「経験者だからね、様子見だけど大丈夫じゃないかな。」 進藤の箸はピタッと止まっている。 進藤は何か気になることがあると食が進まなくなるタイプだ。 「結構、彼と飲みに行ってますよね。好みなんですか?」 「いや、考えたことないな。そもそも、俺は好みがないんだ。」 「じゃあ、誰でもいいんですか?」 「そんな言い方……。まあ、強いていうならノリだよ。釣れそうか釣れなさそうか…みたいな。」 「僕も釣れそうに見えましたか?」 「いや、何も考えてなかったよ。むしろお前から網でぐるぐる巻きにされて俺が捕まった感じだよな。」 ようやく進藤はうどんを啜った。 「好みで好きになると、大変なんですよ。」 「なんで?」 「顔が好みならずっと見ていられるし、体が好みなら妄想が止まらないので。四六時中、そんなんじゃ困りますよこっちだって。」 自分にはない悩みだ。 「望月さんと初めて会ったときから、ホント、毎日そんなんで大変でした。」 望月は思わず咳き込んだ。 「お前、やっぱり体目当てだったんじゃないか……。」 「しょうがないですよ!好みなんですから!それに、どうしても兄のような存在には弱いんです!だから、僕は悪くないです。望月さんがそういうのを兼ね備えてるのが悪いんですよ。」 暴論だ。 「……望月さんは……今、もし、釣れそうな人が現れたら、手を出しちゃいそうですか?」 「お前で痛い目に遭ってるから、しないよ。」 「…良かった…。」 ホッとした表情で進藤はうどんを啜った。 「気持ちやセックスなんて、減るもんじゃないだろ。何を心配してるの?」 「え……。普通、自分の恋人が誰かと仲良くしてたら、嫌じゃないですか?」 「自分との関係が崩れるなら面倒だけど、そうじゃなきゃ、いいんじゃないかな。」 「自分は絶対ヤです!望月さんが他の人のこと考えてたり、触ってたら、自分にもう関心がなくなるじゃないか、って心配ですよ!」 「別に、何も変わらず過ごしてれば、いきなり無関心にはならないだろ。」 「望月さんは……飽きたり、優先順位が変わったり…しないんですか?自分が他の人より下になったら、そのまま捨てられちゃうんじゃないか、って思うんですよね…。」 そういうものなのか。 ピンとは来ないが、進藤の嫉妬に火をつけると大変なことになりそうだとは思った。 ―――――――――――――――――――― 数日後、大学時代の友人と二泊三日で小旅行をすると伝えると、進藤は手に持っていたコップを落として割ってしまった。 漫画の一コマみたいだった。 「絶対…やっちゃうでしょ…。」 「しないよ。世の中の女好きに比べたら、俺は全然経験ない方だよ。なんで誰彼構わず…みたいに思われてるんだ。」 「望月さんは、自分のことわかってないです!望月さんは意外と情に流されやすいんですよ!まして、旧友だなんて……何があってもおかしくない……。」 進藤はわなわなしている。 「だから、俺だって、誰でもいいわけではないよ。」 「……じゃあ、一応僕は特別、ってことでいいんですか?」 「そうじゃなきゃ、付き合わないだろ。」 「……望月さん、僕、一度も望月さんから、好きだとか愛してるとか、言われてないんですよね……。」 進藤の目に闇が漂う。 「そうだっけ……?」 とぼけたふりをしたが、言っていない自覚はある。 「付き合ってるんだから、好きだってことでいいだろ。」 「……ちゃんと言ってほしいです……。」 「……じゃあ、こっちにおいで。」 望月はベッドに座り、進藤を呼び寄せた。 横に座る進藤を捕まえて、キスをする。 「ん、ふ……っ。」 進藤はすぐにスイッチが入る。 服をたくし上げ、乳首をそっとなでる。 「あ…んっ……!」 進藤の弱いところを攻めてしばし弄んでやる。 進藤は、息を荒げながら望月に抱きついて言った。 「……僕のこと……好きですか……?」 「好きじゃなきゃ、しないだろ。」 望月は進藤を押し倒し、指を這わせた。 「あ……っ。そうじゃ……なくて……。好きなら、好きって……言ってほしい……。」 進藤は息を絶え絶えにして言った。 「よくわかんないんだよな、そういうの。好きじゃなきゃ、こんなことしないのに。」 望月の指が入る。 「んあっ…!」 望月の指の動きに進藤の腰が思わず動く。 「ん……っ!あっ……!」 「こんなに可愛がってるのに、何で好きなんて言葉の方が大事なのかな……。」 望月は、涙目になっている進藤に言った。 「じゃあさ、ここでやめていいなら、好き、って言ってやるよ。」 「そ、んな……。」 「どうする?言葉の方が大事なんでしょ?」 「………………。」 進藤は浅い呼吸で快感に抗いながら、少し考えているようだった。 指をまた動かすと、進藤は喘いだので、そのまま続けた。 好きだなんて言葉はいつでも言える。 進藤が体に正直でも、そこに愛情が無いとは思わない。 普段の進藤の様子から慕ってくれているのはよくわかる。 ―――――――――――― あんなに気持ち良くなっていたくせに、進藤はふてくされた様子だった。 こちらに背を向けて横になっている。 「怒ってるの?」 「別に……怒ってなんかないですけど……。」 進藤のどんよりオーラがひしひしと伝わってくる。 枕元に置いていた望月のスマホが鳴った。 手をのばして取ると、あの友人からのメッセージで、当日の時間の連絡だ。 いつの間にか、進藤がこっちに寄ってきて、画面を覗き込んでいる。 「アカウントの画像、見せてください!」 進藤は半ば奪うようにスマホを取り上げ、操作をする。 アカウントに使われている画像に、友人の写真が載っている。 「彼はね、演奏家なんだよ。この写真はホームページに載ってる公式の画像だね。」 「女の人かと思いました……。」 「大学時代から、よく間違われてたよ。」 「どっちなんですか……?」 「どっち?」 「女嫌いの望月さんは、女みたいな男はアリなの?ナシなの?」 「アリナシはよくわかんないけど、男は男だろ。」 進藤は望月のスマホをポイと放り投げるようにして、布団を口元まで引き上げた。 虚空を見つめている。 「望月さんには友達がいないと思って、すっかり油断してたんです。」 「事実だけど、ハッキリ言うなよ。」 「しかも、大学時代なんて、いくら望月さんでも今よりはピュアじゃないですか。そんな時に出会ってるなんて、羨ましい……。この辺のお腹のお肉もないんでしょうね。」 進藤が腹肉を思い切りつまむ。 「痛っ!…誰のせいで運動の時間が取れなくなってると思ってるんだ…。」 はああ……。 進藤の吐いたため息も闇色になっていた。 ―――――――――――――――――――― 翌日、進藤から左手を出すように言われた。 左手を出すと、薬指に指輪をはめられる。 「普段からつけろとは言わないので、このお泊まりだけはつけてください。」 「……いいけど……。よく、サイズわかったな。」 「僕が望月さんの体のサイズでわかんないところはないです。」 進藤にとって、それが普通のようで怖い。 「指輪をつけてれば、多少、相手を牽制できるかと!望月さんも迷ったときは指輪を見て、僕を思い出してくださいね!」 今までの不倫相手も指輪はつけていたが、そんな効果は全く無かった。 そんなこと、進藤の前では言えない。 初めての左手の指輪は束縛の印のはずなのに嫌ではなかった。 いつの間にか、進藤の一喜一憂を可愛いと思っている。 進藤の膨れっ面を微笑みながら眺めている自分がいた。 ― 第二章 完 ―

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