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第96話 病院 ②

 看護師と晴人が血液検査に行った後の、処置室の前の廊下は鎮まりかえっていた。  瑞稀と昴は二人並んで椅子に座る。  時折、看護師や医師が出入りするとき処置室のドアが開く。  中に千景がいると思うと、居ても立ってもいられず、瑞稀はその度に腰を上げ、様子を聞きたい気持ちになるが、今廊下(ここ)で千景が適切な処置をしてもらい、無事であることを祈ることしかできない。  今まで千景が怪我をしないよう、細心の注意を払ってきた。  でも千景が大きくなるにつれ、動きも行動範囲も大きく広くなる。  それを制御する方法はなく、ただ本人と周りの大人たちが気をつけるしかなくなってきていた。  僕がもっとちゃんとしていれば……。  家でできる仕事ができていれば、千景とずっと一緒にいられたのにと、何度思ったことか。  でもそんなことをしてしまっては、千景はずっと瑞稀がつくった檻の中で生活しないといけなくなる。  外の世界。  千景だけの世界。  そんな世界との関わりを潰してしまう。 「僕は一体どうすれば……」  不安で押しつぶされそうになる。 「千景……」  祈る思いで、瑞稀は処置室見続ける。  まだ3月末。  日がかけて、廊下の寒さは増してくる。  気をしっかり持とうしていても、どうしても完全には不安は拭いされない。  その不安からなのか、寒さからなのか、瑞稀の体は震え、指先は冷え切っていた。    そんな時、昴が瑞稀の肩に自分が着ていた上着を、ふわっとかけた。 え?  瑞稀が昴の方を見ると、 「震えてたから」  昴が微笑む。 「変な意味はないんだ。ただ、こういう時、誰かそばにいて欲しいかな?って思って」  昴は微笑んだが、その微笑みの中にもどこか不安が見え隠れする。 「千景君なら大丈夫」  そんなこと、どこにも根拠なんてないのに、瑞稀はその言葉に縋りたかった。  朝「いってきます」と元気に保育園に通い、夕方「ママ、おかえりなさい」と出迎えてくれていた日々が当たり前だと思っていたが、それは当たり前のことではないと実感させられる。 僕にできることはないだろうか? してあげられることはないだろうか?  できれば苦しんでいる千景と変わってあげたい。  それができなければ、自分の血がなくなったとしても、千景に輸血してあげたい。  千景が怪我をした状況を保育士が説明するが、何も頭に入ってこず、瑞稀のかわりに昴が話を聞いた。  1分1秒が永遠のように長い。  静まり返ったい病院の廊下がどこまでも続いている気がする。  処置室と廊下の長椅子の距離は離れていないはずのなのに、時間が経つにつれ、その間の距離はどんどん開いていく。  手を伸ばしても、千景はもう手のとどかにいところに行ってしまいそうで、恐ろしい。  

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