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第23話 同棲バイト

ある日、いつも通り、開店前に掃除をしていると、急に眩暈がした。 モップの柄を支えにしつつ、その場に座り込んだ。 そこに、藤波が店に入ってきた。 「橘君……?大丈夫かい?」 坂上は買い出して不在だった。 「ちょっと……眩暈がして……。」 藤波は橘を抱き寄せて、近くのソファに移動させ、横に寝かせた。 首元のボタンを外し、楽になるようにしてくれる。 「流しを借りるよ。」 藤波は水を持ってきた。 少し落ち着いた橘は、藤波から水をもらい口をつけた。 「……ありがとうございます。」 「僕のような不健康の代表みたいな奴ならまだしも、君の立派な体格で眩暈なんて、無理をしすぎなんじゃないかい?」 「……そうですね、なかなか休みがとれなくて……。」 橘は、片親で経済的に余裕がないことを話した。 「へぇ。健気なものだね。」 「自分がもっと器用な人間なら良かったんですが……。」 「……もし君が、ただ夢を叶えるだけならもっと簡単な道もあったんじゃないかな?」 「え?」 「人生は意外と長いからね。今が思い通りでなくても、いつか希望が叶うときもあるかもしれない。なぜ、生き急ぐんだい?」 それは…… 那央のためだ。 ちょっと前なら、元カノのためでもあった。 温かい家庭に憧れがあって、早く落ち着きたいのだ。 ぼんやりとそう思っていると、藤波が言った。 「良かったら、僕の仕事を手伝わないかい?お給料ははずむよ。」 「藤波さんのお仕事……って……?」 橘は座って聞こうと上体をする起こそうとしたが、藤波は無言で橘の肩を押さえ、そのまま寝かせた。 「この間、男色の観察にここに来ていると言ったよね?なかなか、よい人物に出会えてなくて困っていたんだ。そこに君のような色男が現れた。君をモデルに小説を書きたいんだ。」 「私を……小説に?そんな面白い人生じゃないですよ。」 「別にノンフィクションが書きたいんじゃない。君が何を考え、何を感じているかを知りたいんだ。」 坂上みたいに、取材を受けるのだろうか。 「はあ……私でよければ……。」 「そうか。君はイイ人だね。こちらの希望としては、住み込みで家事をしてもらいつつ、取材をさせて欲しいんだ。住居費、暖房光熱費はこちらもち。他に給料も渡す。取材時間のために少しアルバイトは減らしてもらうが、自分の自由時間もとれるよ。」 そして藤波は給料の金額を口にした。 大分ゆとりのある額で、橘にはかなり魅力的だった。 「……家事と取材だけでそんなにいただけるんですか……?」 「ああ。ただし、一つ約束して欲しいことがある。」 「なんでしょう?」 「取材に対しては、誠実であってほしい。嘘、偽りなく。今認識していることよりも、もっともっと奥の、闇のようなところを見せてほしいんだ。それがなければ、書く意味すらない。」 小説のことはわからないが、藤波の真剣さは感じた。 「……自分に務まるかわからないのですが……藤波さんが僕でよければ……。」 思わずすぐ引き受ける返事をしてしまった。 金額が良かったことがそうさせたのだが、それと同時に那央のことが思い浮かんだ。 「君は本当にイイ人だね。」 藤波は笑った。 藤波が微笑以外で笑うのを初めて見た。 「じゃあ詳しいことは、店が始まってからで。僕は少しまた街を眺めて来るよ。」 そう言って、藤波は店を出た。 橘は、ぼんやりと天井を見つめた。 那央と、早くセックスがしたいのだ。 痛い思いはさせたくない。 一緒に準備をしたいのだが、あの恥ずかしがりやの那央だから、時間をちゃんととりたい。 その"時間"がない。 そうしているうちに、時間は経っていく。 そんな時の藤波の提案だ。 後先考えず、乗ってしまった。 普通は怪しむべきだろう。 那央……。 食べてしまいたいくらい可愛い。 自分でも自分がバカだなと思う。 お風呂場で俺のためにイクのを我慢する那央も、その後快楽に負けてしまう那央も、どちらも最高に可愛かった。 藤波の提案は、受けて正解なんだ。 俺は、那央を大切にしたい。 そう思いながら橘は起き上がった。

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