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第45話 箏
翔優は、箏 を始めた。
箏を習い始めてから、翔優の顔付きは変わった。
生気の無さは可憐さに、無表情は品の良さに変わった。
髪を伸ばしたら女の子にも見える見た目に、ピッタリ合っていた。
夕方、学校から帰ると翔優が箏を練習しているのが聞こえる。
しばらくはなんとも思わず聞いていたが、1か月もすると、とても小学生が弾いているとは思えない響きになった。
一音の響き、間、余韻。
切なくも、激しくも、自在だった。
僕は、珍しく翔優の部屋に行った。
部屋の前に来て、ノックするのをためらう。
練習中だ。
ノックで妨げたくなかった。
威圧的な僕が、気後れするなんて。
自分が、周りの人間を弁論で牽制しているとはわかっていた。
関わりたくない面倒な人種。
そう思われているだろう。
さらに、翔優は使用人の子どもで、僕は面倒をみている。
堂々と入っていって、何も問題ない。
なのに、この演奏がそれを許さない。
翔優の世界。
どこであっても、自分のステージにできる力。
芸術とは、こういうものなのか。
演奏の切れ目を狙って、部屋に入った。
翔優はビックリした顔をした。
そうだ、いつもは僕が部屋にいて、翔夢が来る側なんだ。
自分が翔優に関心を持つ日が来るとは思わなかった。
「続けてよ。弾いているところをみたいんだ。」
「はい……。」
翔優は、指を舐めて、箏の爪を付け直した。
演奏を再開する。
楽譜を見ているのか、虚空を見ているのか、わからない目だ。
ただ、指先は、時に愛しく撫でるように、時に嫉妬で引っ掻くように、表現豊かだった。
一緒に勉強をする時間が迫ってきた。
「僕は、君に教えることはない。実質自習だ。君は、箏の世界で、音楽から直接学ぶ方がいいと思う。練習したければ、そのまま続けなよ。」
翔優は少し考えた様子だったが、箏を片付け始めた。
「僕は……要芽さんと勉強したいです。」
勉強はどうでもいいが、同世代と縁が切れてしまった翔優にとっては、僕は貴重かもしれない。
責任を持って付き合うか。
僕も席を立った。
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