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第61話 リオン
莉音がバーで働いていることを聞き、偵察に行った。
獅堂とアキさんの子だ。
まともだと信じたいが、身辺を探りたかった。
洋服を着てメガネをかけ、変装していく。
バーにいる莉音は爽やかだった。
動きもいいし、お客さんを楽しませつつ、踏み込みはしない。
だが、どこか表面的な気がした。
疲れも見える。
何回か通い、莉音は、優しさと劣等感から自分を不自由にしていると感じた。
翔優が言うには、同じバイトの男の子と付き合っているらしい。
性的に歪んでいる翔優の報告はにわかには信じられなかったが、オーナーすら知っているようなので、間違いないらしい。
相手の男の子も優しくていい人だと翔優は言う。
莉音も恋人といると生き生きしているらしい。
それに関しては、翔優の主観を信じた。
坂上に相談した。
「君の師匠のバーで働いている橘君が、アキさんの子どものようだ。」
「え!本当に!それは……すごいことだね。身近にいたなんて。」
「概ね、良い人間だと思う。だが、万が一のことがあると大変だ。獅堂の家庭と社会的地位に影響がある。もう少し調べたい。なんとか、彼と密に接触できるように計らってくれないだろうか?」
「わかった。ちょうど、相方が休みたがってるんだ。師匠に頼んでみるよ。」
「ありがとう。恩に着るよ。」
坂上も藤波家に出入りして、獅堂を気に入っていた。
僕たちは、獅堂の仄暗い過去も含めて獅堂が好きだった。
神は、そんな獅堂に癌という新たな試練を突きつけた。
「獅堂が癌と聞いて、なぜ無駄に生まれた僕は健康で、人類の宝になりかねない獅堂が……と思ったよ。」
僕はブランデーを口にした。
「要芽らしくない。全ての人間に特別な価値は無い……んじゃなかったのか?」
「ああ、自分の信仰が揺らぐよ。僕はまだ、若いってことだ。」
―――――――――――――
莉音と同棲契約をし、莉音の人間的な成長は恋人の存在にかかっていると感じた。
那央は、莉音に良く似合った若者だった。
やはり、話に聞いていた、アキさんのような明るく芯のある青年に見えた。
莉音に、獅堂の隠し子であることを打ち明け、返事を聞いた。
彼の言葉を聞いて、彼を応援しようと決めた。
実は、獅堂の容体は良くない。
教育者の父が持て余した僕の人生に、獅堂は根気強く付き合ってくれた。
獅堂がよこした翔優。
翔優のおかげで僕は人間の弱さを理解する人間になれた。
そして、翔優が莉音を連れて来た。
莉音を援助することが、獅堂への恩返しだ。
莉音は提案を受け入れて、事は丸く収まった。
間に合って良かった。
僕は人生の大きな仕事のひとつが終わったと感じて、しばらくぼうっとした日々を送っていた。
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