59 / 94
第60話 翔優のアルバイト
あれから時は経ち、僕は30歳になり、翔優は28歳になっていた。
橘アキさんの所在は掴めなかった。
実家のある地域は大地震による津波で流され、家屋はなくなり、土地の境界線すらわからなくなっていた。
内陸に避難したり地元から離れる人も多く、お互い近所の人がどうなっているかわからないままのようだった。
翔優は、高校時代の同級生から調理のアルバイトを頼まれた。
「やった方がいいよ。君のような変わった経歴に賃金を払ってくれる人なんて、なかなかいない。」
そう言って、送り出した。
クリスマスの繁忙期に向けて、12月から働き始めていた。
アルバイトなので、時間も短く出勤日も少ないが、翔優にはちょうど良かった。
夕食の会話にもレパートリーが増えた。
翔優はバイト先の料理を練習して、それがそのまま夕食になっていた。
しばらくはフランス料理が続く。
ワインを飲む機会が増えた。
「今日はちゃんと働けたかい?」
毎回、親のようにこの質問から始まる。
「はい。今日は、初めて一緒になったバイトの男性がいました。」
「へぇ。どんな人?」
「橘莉音さん。大学4年生で、宇宙の研究をしていると。」
橘……宇宙……。
まさか。
大学4年生なら、年齢的にも合う。
「もしかして、要芽さんが探している橘さんかと思い、写真を撮ってきました。」
差し出されたスマホの画像を見た。
若かりし獅堂の面影があった。
ともだちにシェアしよう!