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第67話 那央の別荘暮らし

橘経由で手はずを整え、那央たちは今までのアパートを引き払って別荘へ引っ越した。 一階は翔優のお店兼リビングと、お店に必要なものを置く倉庫。 二階に客室が二つ、要芽の部屋、翔優の部屋、談話室があった。 二人は、本来4人部屋の客室の一つがあてがわれた。 「ホテルみたいにキレイ……。こんなところに住めるなんて、すごいね……」 窓を開けると、目の前に森が広がる。 まるでリゾート地だ。 橘が後ろから那央を抱きしめた。 「そうだね。いい環境だし、ずっと二人でいられるのが嬉しいよ。」 橘は早速キスをした。 那央も、橘と生活できるのは嬉しかった。 でも、すぐ橘はイチャイチャしてくるので、体がもつのだろうか……? 「那央……」 橘はそう呟いて、キスを続ける。 今日中に荷解きできるかな……。 那央は頭の隅で冷静にそう思っていた。 ♢♢♢ なんとか荷物は整理ができて、翔優の夕食の準備を手伝う。 翔優は整理整頓の鬼で、食材のストック管理は完璧で、作り置きの量も過不足ない。 今は週2回自分のカフェレストランをやっていて、アンプデモアは、忙しい時期にヘルプで呼ばれると行っていた。 翔優がきているクリスマス時期のアンプデモアは、本格的なレストランのレベルになっていた。 広いキッチンで、優男の橘とミステリアス美人の翔優が並んで料理する。 目の保養になるな……と那央はうっとりとして見ていた。 翔優に呼ばれたので那央は近くに行った。 「味見してもらえますか? 」 と言われて、ソースが少しついたスプーンを口に入れられた。 「どうですか? 」 「俺は美味しいと思います」 翔優さんはそのスプーンで自分も味見をした。 「これでいきましょう」 とりあえずソースの味はそれで決まったらしい。 「……翔優さん、那央にあーんするのはやめてください。それに……間接キスも……」 橘があからさまにやきもちをやいた。 翔優はビックリした顔をしている。 「す、すみません翔優さん……。自分で言うのもアレですが、俺……先輩に溺愛されてるので……」 長い付き合いになるのだから、もう、はっきり言った方がいいと思って言った。 すると、翔優さんは形ばかりでも謝るのかと思いきや、那央の頭を撫でた。 「ああ!ちょっと!」 橘は那央の腕を引き、抱きしめた。 「ダメですよ翔優さん!那央が可愛いからって!」 その怒り方……恥ずかしい……。 那央は自分でも”溺愛”と言ったものの、まだ橘の反応に慣れてはいなかった。 「やきもちで怒ってる橘さんが、可愛かったので」 翔優が少しほほえんで言った。 いつも無表情で淡々としている翔優が笑ったことに、那央も橘も驚いた。 「とにかく、那央に触っちゃダメです」 橘は那央にすりすりした。 「わかりました」 翔優はさらにおかしそうに笑った。 ♢♢♢ 夕食の時間になり、要芽も降りてきて席に着く。 今日は中華で、エビチリと麻婆豆腐。 メニューは一カ月ごとに翔優が決めていて、最安値、食品ロスがないようにきっちり管理されている。 「すごい……あんな短時間で本格的な中華ができるなんて……」 那央は感嘆のため息をつきながら言った。 「那央、えび好きだもんね。俺の少しあげるよ」 橘が那央の皿にえびを足した。 「あ、ありがとうございます」 「ほほえましいね。まるで絵本の世界だ」 藤波が紹興酒を口にしながら言った。 「要芽さんにも言っておきますが、いくら翔優さんでも、那央に手を出したら許せないので、その時はすみません」 橘が言った。 「翔優が? 」 藤波がきょとんとした顔をしたので、橘がさっきの件を話した。 「あはは。それは面白いね。翔優、いいんじゃないか。那央は可愛いし、橘は美形だ。遊んでもらいなさい」 藤波は笑って言った。 「よしてください!那央に何かあったら、自分が正気でいられる自信がありません」 橘は真剣な眼差しでそう言った。 「先輩……大丈夫ですよ。何もないですから……」 那央は、溺愛モードの橘が恥ずかしくて仕方なかった。 「別に、いいじゃないか。皆で仲良くすれば。翔優が多少間に入ったからって、二人の愛が揺らぐわけじゃないだろう」 藤波は明らかに楽しんでいる様子だ。 「翔優さん!信じてますからね! 」 橘に念を押されると、翔優は少しほほえんで、わかりました、と答えた。 ♢♢♢ 那央がベッドの上でくつろいでいると、お風呂を済ませた橘が部屋に戻ってきた。 一緒に横に寝そべった。 「……翔優さんに頭を撫でられて、どういう気持ちだったの……? 」 橘が不信の目で那央を見た。 「そんなキャラの人に見えなかったから、ビックリしたよ」 「ふぅん……」 橘は那央を抱き寄せた。 「翔優さんに迫られても、ちゃんと断ってね」 「まさか、大丈夫だよ。翔優さんは、焦る先輩をからかいたかっただけだって」 「そうだといいけど……。要芽さんも、あの調子じゃ止めてくれそうにないし……」 橘は那央の頭を撫でながら言った。 「だから、大丈夫だと思うよ。みんながみんな、男が好きなわけじゃないんだから……」 「俺がお世話になったバーが、ゲイが集まる店だったからさ……要芽さんとはそこで出会ったし。あ、それに……」 橘は起き上がって荷物をあさり、本を出してきた。 「要芽さんの本。今までのシリーズ、全部男性同士の恋愛なんだ」 「え!そうなの?! 」 那央はパラパラとめくった。 「ラブシーン……めっちゃエロい……」 恥ずかしすぎて那央は本をパタンと閉じた。 「だから、俺はてっきり要芽さんも男性が好きで……体の経験がなきゃ書けないだろうから、翔優さんとそういう関係なんだろうなって思ってるんだ。」 言われてみればそうだ。 急に橘の心配に現実味が増す。 「な、なら、なおさら俺じゃないって言うか、二人がカップルなら何も心配ないって言うか……」 橘がまた寝そべりながらじっとこちらを見る。 キレイな顔だ。 物憂げな眉に、長いまつ毛。 涼しげな目元、筋の通った鼻と、優しい唇。 那央はいまだに橘に見つめられると緊張した。 「那央は、自分が可愛いって自覚が足りないよ」 鼻をツンとさされた。 「それは、先輩が俺を好きでいてくれるからそう見えるのであって……。ところで、その……タチとネコはどっちがどうなんですかね……」 「気になるの? 」 「翔優さんはどっちでもおかしくないですけど、要芽さんがネコだったら……すごく萌えるなって……」 「そうなの? 」 「だって、要芽さん、翔優さんには、ホント使用人って感じで強いから、そんな昼の関係が夜に逆転するとか……萌えませんか? 」 那央は、あの大人な藤波が翔優に抱かれるところを想像した。 着物がはだけて、藤波の色白で折れてしまいそうな細い体を、翔優の料理人として恵まれた舌が這う……。 「……那央、エッチなこと考えてるでしょ? 」 「え!あ、はい。二人の絡みを妄想してました……」 「それがね、わざわざ妄想しなくてもいいように、要芽さんは小説にしてるんだよ」 と言って、一冊の本を渡してきた。 「この『没落貴族』は、没落した貴族の社長と秘書の話。現代にも貴族制度が残っている設定で、事業で成功したいわゆるお金持ちが主人公。主人公はプライドも高いし、人格的にも無茶苦茶なんだ。金で物を言わせて、恨みをかってる。秘書も奴隷みたいなもので、なんでも世話をさせつつ、取引先の性接待までさせる。あ、秘書は男なんだけど」 「社会派の男色ものなんですね……」 「貴族と事業家の設定がリアルだから、ページは多いよ。それだけに、単に主人公の個人の問題だけでなく、時代と社会の影響もあるってわかるから、主人公が悪人に感じないんだよね。最後、徐々に国が貴族制の撤廃を決めて、貴族の特権が無くなり、事業が回らなくなるんだ。そこで初めて主人公は、自分の実力じゃ無かったことに気づく。周りからどんどん人がいなくなって、最後に残るのはあの秘書。その秘書は性接待の相手に気に入られて引き抜かれそうになる。そこでその秘書は、主人公と共に生きることを決めるんだ。二人で小さな農園をやりながら」 「へえ!要芽さんは没落はしてませんけど、なんかこの森でひっそり暮らす感じは似てますね」 「そう思うよね。最後のベッドシーンは感動するよ。他の濡れ場は専ら秘書の性接待の描写で、主人公と秘書の絡みは最後のそれ、たった一回なんだ」 「そうなんですね……。なんか切ない……」 「うん。秘書はね、主人公にたまたま優しくされた、幼い日の思い出だけを胸に秘めて、ずっと献身的にそばにいたんだ。二人の脆い男の、心細い絆の話だよ」 那央はじっと本を見つめた。 なんだか、他人事に感じなかったのだ。 でも、これを読んだあと、藤波にどんな顔をして会ったらいいかわからない。 「ま、とにかく、浮気しちゃダメだよ」 橘が那央の耳元で囁いた。 「う、うん。わかってるよ」 「俺も、那央に捨てられないようにがんばるから」 そう言って服の中に手を入れてきた。 がんばるって……うん、先輩とこんな毎日になるんだろうか。 那央は、幸せと不安が入り混じった。

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