22 / 83
第22話 決意 ③
ーー
扉を開けたると、眩い陽の光で目が眩んだ。
光に目が慣れるよう、ゆっくりと目を開けると目に飛び込んできたのは、青々とした木々と色彩豊かな花々が陽の光に照らされ、ひかり輝いていた。
「綺麗……」
吸い寄せられるように一番近くに咲いていた花のそばに行くと、花の香に誘われて飛んできていた、小さな黄色い蝶々が花の蜜を吸っている。
花を摘んでしまうのはかわいそうだったので、しゃがんで花に顔を近づけ、香を嗅いだ。
砂糖菓子のような強い甘い香はしないけど、体を包み込んでくれるような優しい甘い香がする。
大きく深呼吸をし、葉に顔を近づける。
葉の上に水滴を残している葉は、若葉の青さを放ち、水滴は陽の光を浴び光を反射させながら虹色に輝く。
懐かしい香がした。
幼い頃の香がした。
香と共に、父様、母様、兄様、姉様、僕を守ってくれた乳母……。
愛しく懐かしく恋しい家族の顔が浮かぶ。
牧師様、可愛い僕の兄さん、姉さん、弟、妹たち……。
僕がどうしても守りたかった特別な人たちの顔が浮かぶ。
ずっとずっと会いたかった大切な人々の顔が浮かぶ。
園庭 にきて、よかった。
みんなに会えた……。
視界が緩み水滴が残る葉の上に涙が落ち、涙の重みで葉が揺れ水滴と涙が湿った地面に落ちた。
「ユベール様に見ていたどきたい場所があります」
僕の様子を後ろで見守ってくれていたクロエが僕の手をとり、立ち上がらせてくれる。
「こちらです。行きましょう」
ゆっくりと歩き出し、ヒューゴ様は僕たちのすぐ後ろを歩いた。
ーーー
部屋から見ていた園庭はどこまでも遠く、決して手が届かないと思っていたのに、今は少し手を伸ばせば生きている草花に触れることができる。
頬を撫でる風は僕が太陽の下にいることを教えてくれて、肌にあたる陽の光は自然の暖かさを感じさせてくれる。
鳥の鳴き声、花と花の間を飛び回る蝶やはち。
宮殿で閉じこもる前は当たり前にあって気づかなかった。
目には映っていても、ちゃんと意識して見てこなかった大切なもの。
もしかすると僕は、他にも目には映っていても、ちゃんと意識して見ていないことがあるのかもしれない。気付いていないことがあるかもしれない。
僕はもっといろんなところに目を向けるべきかもしれない。
そんなことを考えながら、広い園庭の奥に入っていくと、
「この先にユベール様に見ていただきたい場所があります」
クロエが指差したツタのアーチを潜りる。
クロエに案内されるがままついて行った先には、白いガゼボに鮮やかな赤い花びらをつけた花が蔦 を張り巡らせていて、中に入るとガーデンテーブルと一脚のガーデンチェアーが用意されている。
そしてその傍に侍女が2人、待機していた。
「ユベール様、早速お茶にしましょ」
すでにアフタヌーンティーセットが用意されていて、クロエは僕をガーデンチェアーに座らせる。
「ちょっと待ってくださいね」
甘い香りがするハーブティーを淹れる。
お茶を淹れるのが上手だった姉様のハーブティーが、大好きだった。
ハーブの甘酸っぱい香りとともに、懐かしい記憶が蘇る。
「ケーキもたくさん用意しました。今流行りのこのフルーツケーキはいかがですか?とても美味しいと評判ですよ」
クロエはケーキタワーから、今流行りだという生クリームと果物が乗った一口サイズのケーキを皿に乗せ、僕の目の前のテーブルにハーブティーと一緒に並べて置いてくれた。
「ハーブティーが冷めないうちに、召し上がってください」
僕にはハーブティーとケーキをすすめるが、クロエや僕たちの護衛をしてくれながら後ろを歩いていたヒューゴ様はハーブティーを飲む気配も、ケーキを食べる気配もない。
「クロエやヒューゴ様は食べないの?」
「こちらに用意したのは全てユベール様お一人のためのものです」
クロエは自分の顔の前で、大きく手を横に振った。
「これ僕一人だけのため?」
ヒューゴ様の方を見ると、
「左様でございます」
ヒューゴ様も僕1人のものだという。
せっかくこんな素敵な場所に連れてきてくれて、こんなに美味しそうなお茶とケーキを用意してくれているのに、僕一人だけいただくなんておかしい。
「ねぇクロエ、ヒューゴ様」
「はい、なんでございましょう」
「僕一人だけのお茶会なんて寂しいから、クロエやヒューゴ様さえ良ければ一緒に参加してくれない?」
侍女であるクロエはもちろん、ヒューゴ様の立場であったとしても、形だけであっても第1王子の側室と同じテーブルでお茶をするなんてことは、聞いたことがない。
だからクロエやヒューゴ様は僕の分しかお茶の用意をしてこなかったと思う。
でも僕の中でクロエは侍女というより、元気で優しいお姉さんのような存在。
ヒューゴ様はとても頼りになる聡明な方。
だから一緒にお茶を楽しみたい。
先ほどクロエが進めてくれたケーキを皿に乗せハーブティーを2人分カップに淹れると、テーブルの上に置いた。
「ヒューゴ様、クロエ、僕とどう一緒にお茶会をしてくれませんか?」
微笑みかける。
「私は護衛という役割がありますので……」
ヒューゴ様が申し訳なさそうにいうけれど、僕はヒューゴ様とも一緒にお茶を楽しみたい。
「僕はヒューゴ様と仲良くなりたいんです。お願いします」
僕がお願いすると、
「ありがとうございます。では椅子をあと二脚用意させます」
少し困ったような、でもどこか嬉しそうにヒューゴ様は微笑み返してくれる。
「ね、クロエも一緒にお茶会してくれる?」
僕がそう聞くと、
「それは、もちろんです!」
満面の笑みを浮かべる。
そして3人の楽しいお茶会が始まった。
ともだちにシェアしよう!