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第53話 マナーレッスン ①

 そんな日々を過ごしていたある日、「貴方は帝国第一王子の側室なのですから、マナーと知識を学ぶべきです」と皇后様より講師のハンナ先生を紹介されて、子ども達と過ごしていた時間が勉強の時間となった。  はじめはお辞儀の仕方。僕は男性側のお辞儀と、アレク様の側室の立場からドレスを着ての、女性のお辞儀の仕方も習わないといけない。 「ドレスのスカート部分が綺麗に見えるように、スカートを摘み広げます」 「こう……ですか?」  ハンナ先生の仕草を、見よう見まねでしてみる。 「違います。裾が少し上がる感じです。次は右足を後ろに引いて、前に出した左足と一緒に腰を落とすように曲げます」 「こう……ですか?」 「違います。こうです。もっと腰を下ろして……それは下ろし過ぎです」 「こう……ですか?」 「腰から伸ばすように背筋を伸ばして……。それはのけぞっています」 「こう……ですか?」 「背中に気がいきすぎて、下半身がおろそかになっています」 「こう……ですか?」 「違います」 「違うんですか?」  こんなやりとりを30分ほど続け、ずっと中腰状態で全身の筋肉が悲鳴を上げている。 「ユベール様、しっかりしてください。腰に力を入れるのです」  バンっと平手で腰を叩かれ、バランスを崩した僕は前に倒れ込んだ。  ハンナ先生は僕の姿を見て、はぁ~と大きくため息をつき、手を差し出す。 「こんなことでバランスを崩されるようでは、困ります」 「ごめんなさい……」  ハンナ先生に立ち上がらせてもらい、恥ずかしいやら情けないやら。 「こんなことも出来なくて、どうされるんですか?」  はぁとまたハンナに大きなため息をつかれ、 「すみません……」  と謝れば、 「そんなすぐに謝るものではありません」  と怒られる。 「ごめんなさい……。あ……」  また謝ってしまった。 「ユベール様。謝るのなら、今後同じ間違いをしないように気をつけるべきです」 「すみま……」  そこまで言いかけ、慌てて口を閉じた。  朝からハンナ先生にずっと怒られ続け、もう僕の心はマナーのレッスン初日にて折れてしまいそうだ。 「美味しいクッキーが焼けたそうなので、お持ちしました。あの、少し休憩されてはいかがですか?」  銀色のトレイに焼きたてのクッキーと、紅茶のはいったポットと二人分のティーカップを持ったクロエが、部屋に入ってきた。 「休憩ですか?」  ハンナ先生がちらりと時計を見る。 「そうですね。少し休憩としましょうか」 「すぐにご用意いたします」  クロエがテーブルにお茶のセットをする。 「ありがとう」  口パクでクロエに言うと、クロエはウィンクで答える。 「さ、ユベール様、お座りになってください」  侍女に椅子を引かれいつものように座ると、 「腰掛ける位置は、もっと前」  腰をトントンと叩かれる。 「はい」  今度は浅く座ると、 「姿勢が悪い」  背中をピシャリと叩かれる。  痛いほどではないが、叩かれるたび、次は何をしてしまったんだろうと不安で震える。  カップに紅茶を淹れてもらい、クロエから受け取り飲もうとすると、ソーサーやカップの持ち方、クッキーを食べるタイミングまで指摘される。 「ユベール様は、今まで何を学ばれてきたのですか?」 「え?」 「こんな初歩的なことも出来ないなんて。私が接してきたご令嬢には、こんなことお教えする前にはマスターされていましたよ」  またしても大きなため息をつかれ、泣きそうになった。 「ユベール様のご両親は何をされていたのでしょう……。ユベール様は人前に出る前にきちんとマナーを身につける機会を与えてくださった皇后様に、感謝なさってくださいね」  確かにきちんとしたマナーは学んでこなかった。  でもそれは王族として過ごし、勉強する時間が少なかったからで、決して父様と母様が何も教えようとしていなかったわけではない。  父様と母様が何もしてこなかったと言われたようで、悔しさのあまりカップを持つ手が震える。  あんな言い方……。 「あの、僕、決して何も教わっていなかったわけでは……」 「言い訳は聞きたくありません」  まだ話の途中だったにも関わらず、ハンナ先生にピシャリと言われてしまった。 「どんなことがあったにせよ、出来ていないことには変わりありません。悔しいのであれば、できるようになればいいことです」  表情を一つも変えることなく、ハンナ先生は教科書通りの流れるような動作で紅茶を飲む。 「休憩はここまでです。さあ、続きをしますよ」 「……。はい」  僕はクロエが出してくれた紅茶を一口も飲む機会なく、レッスンを再開するはめになった。

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