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第60話 皇帝と皇后との謁見

皇帝からの命をことずかった家臣によると、アレク様と僕は一緒に、皇帝陛下と皇后様のところにくるようにとのことだった。  アレク様と僕は宮殿の謁見室の前まで来た。  僕が謁見室(ここ)に訪れたのは、これが二回目。  部屋に入ると、初めてアレク様と会った時のことが思い出される。  当時は殺されるかと覚悟をして訪れたのに、今回は側室となって初めて皇帝や皇后との謁見だ。  アレク様に恥をかかせないように、今まで学んだ作法が試される時だ。 「アレキサンドロス殿下とユベール様が到着されました」  家臣が皇帝に声をかけると、 「入れ」  と、凄みのある声がした。    謁見室のドアが開き、ハンナ先生に教わった通りお辞儀をし、皇帝と皇后の前に歩みでる。  皇帝の前にはアレク様と僕が来るより前に、皇帝に呼びだされたであろう男性が立っている。  誰だろう?  男性の方は初めて会った人でわからないけど、どこかで見たことのある顔。 「ご無沙汰しています、アレク兄さん」 「マティアス、お前も呼ばれていたのか」  この方はマティアス様。  マティアス様といえば皇帝陛下の正室でいらっしゃる皇后様の一人息子で、第二王子様。  優雅に微笑んだマティアス様とは対照的に、アレク様は横目でチラリと見ただけで、面倒くさそうに呟く。  アレク様とマティアス様は母親が違う異母兄弟のため、顔が全く似ていない。  どこかで見たことがあると思ったのは、肖像画でマティアス様を見たことがあったからか。 「アレキサンドロス、マティアス。元気そうだな」  何段も高い玉座から、威厳漂う皇帝陛下が2人に声をかけた。 「皇帝陛下におかれましても、大変お元気そうでなによりです」  皇帝陛下に対し、アレク様は随分不躾な言い方だったが、皇帝陛下は特に咎める様子もなく一瞥をくべるだけ。 「お初にお目にかかります。ユベールと申します。どうぞお見知りおきくださいませ」  僕はゆっくり腰を落とし、皇帝陛下と皇后様に頭を下げた。 「貴方がユベールなのね。ヒューゴから色々聞いているわ。もっと近くにおいでなさい」  物腰が柔らかそうに皇后様が微笑み、僕に手招きする。 「本当に綺麗な顔をしているわね。今まで側室を取ろうとしなかったアレキサンドロスが、大切に囲う気持ちがわかります」  皇后様は扇子で口を隠しながら微笑まれているけど、何か違和感を感じる。 「殿下にはよくしていただいており、感謝の気持ちしかありません」  そう言うと、 「それはそうでしょうね。だって貴方も平民出身でしょ?雰囲気が平民出身だったあの人にそっくりですもの。きっと貴方はあの人の代わりなんでしょうね」  皇后様は意味深な視線でアレク様の方を見、アレク様はギロっと皇后様を睨む。  あの人って、だれなんだろう?  ちらりとアレク様を見ると、 「そんなこと思ったこともありません」  先ほどまで皇后様を睨みつけていたアレク様だったが、苛立ちを隠すように言葉に抑揚なく話す。 「そう?私には平民出身で踊り子だった貴方の母上と同じ雰囲気だと感じましたが?」  口元を隠しながら皇后様がくすくすと笑い、アレク様が何か言い返そうとした時、 「皇后よ、それぐらいにしてやれ」  皇帝陛下が二人の間に入り、二人とも皇帝陛下に頭を下げた。 「アレキサンドロス。ユベールは男だと訊いているが、男は側室の一人とは認められない」 「はい、承知しております」 「それでもユベールを側室として迎え入れるのだな?」  やっぱり僕が側室なのは、無理がある。  そんなことを考えている間に、アレク様は 「はい」  短いが、はっきりと答えていた。 「そうか、まあいい。そのことに関しては、もう少し頭を冷やして考えるがいい。ところで今日、お前たちをここに呼んだのは、ユベールとの顔合わせと、もう一つはアレキサンドロスとマティアスには北部にあるエルマ国の現地調査、実状によってはそのまま出兵を命ずるためだ」 「エルマ国といえば三年前に帝国領土になった国で、帝国に従順だと訊いていますが、どうしてそのような場所に現地調査が必要になったのですか?」  困惑したようにマティアス様が訊く。 「実はわしが密かに送り込んでいた内通者がいたのだが、その者と連絡がとれなくなってな」  皇帝陛下の話によると帝国が支配下に置いた国々には、陛下直々に選りすぐった内通者を送っている。だが最近、送り込んでいた内通者達からの定期連絡がなくなることが目立ち始めていたそうだ。  しばらく様子を見ていたが、エルマ国の内通者から『国内で不審な動きがあり、盗賊も頻発に出現し商人を襲っている』と連絡が届いていたのに、詳しい報告を受ける段階になった時、急に消息がつかめなくなり、今回、現地調査が行われることになったそうだ。 「わしが送った内通者は腕がたち、従順で信頼できるものだ。だが今回連絡がないことで、わしは内通者が何者かによって消されていると考えている。そこでわしが一番信頼しているアレキサンドロスに元帥として軍を率いてもらい、マティアスには参謀をしてもらいたいと思っている」  皇帝の言葉に皇后の眉がピクリとする。 「マティアスは元帥ではなく参謀なのですか?」 「ああ。アレキサンドロスは経験も知識も豊富だ。マティアスは元帥にはまだ荷が重い」 「しかしマティアスも戦地での経験がございます。なのに参謀止まりはあまりにも……」  皇后様がまだ話を続けようとした時、 「皇后はわしの戦法に異議を申し立てるのか?」  皇帝陛下が皇后様に鋭い視線を送った。 「め、滅相もございません」  顔を青白くさせた皇后様が、皇帝陛下に頭を下げる。  「詳しい話は後ほど話す。それまでに出発の用意をするように」 「はっ」 「はっ」  アレク様とマティアス様は頭を下げた。  でも僕の場所からはマティアス様は頭を下げながら、苦虫を噛んだような表情をしていたのが見えていた。

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