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第63話 マティアス ③

「僕の特別はアレク様だけで、それはこれからも変わりません。僕を信じて助けてくださったアレク様が、僕の唯一の存在です」 「それは本当か?」 「はい。アレク様が全てです」  そう言い切ったのに、アレク様の瞳にはまだ不安と悲しげな闇が見え隠れする。  アレク様は何かに怯えている。  もしかしたら、僕がマティアス様のそばに行ってしまうのかと思っている? 「アレク」  そう語りかけると、不安と悲しみだけの瞳が見開かれる。  僕はアレク様の首に両腕を回し引き寄せ、抱きしめ、 「僕はどこにも行かない。ずっとアレクのそばにいるよ」  耳元で語りかける。 「さっきの僕の行動で、もしアレクを不安にさせているのなら、アレクの不安がどうしたらなくなるか話をしよう」  そう言うとアレク様は何も言わずに、こくんと頷く。 「どうして欲しい?」 「『様』つけは嫌だ」  少し拗ねた声がする。  嫌だって……。  なんだか可愛い。  多分こんなアレク様を知っているのは、僕だけなんだろうな。  胸がほんのり暖かくなる。 「どうして?」 「距離を感じる。俺はユベールと同じ場所で、同じ景色を見ていたい」 「うん。じゃあ二人の時もみんなの前でも『様』は付けないし、敬った話し方はやめるね。他はには何がある?」 「寝室は一緒がいい」  これは勝手決めたらヒューゴ様に怒られそうだけど、 「僕も一緒がいい」  ヒューゴ様には事後報告にしよう。  そうすれば怒られるかもしれないけど、だめだとは言われないだろう。 「他には何がある?」 「マティアスと二人で会わないで欲しい」 「はじめから二人っきりでお会いするつもりはなかったよ。それに名前も『マティアス様』って呼ぶ」 「マティアスの名前は呼ぶな」  だだをこねる子供のように、僕にぎゅっとしがみつく。 「名前を呼ばないのは難しいけど、なるべく会わないようにする」 「他には何かある?」 「もう少し、こうしていたい」  アレクはより僕に抱きついてくる。  アレクを抱きしめるとアレクの香がして、安心する。  目を閉じればアレクの逞しい腕や引き締まった背筋、鍛えられた腹筋。服越しにもわかる体つきが目に浮かぶ。 「会議は?」 「ヒューゴに任せたから大丈夫」 「しばらく一緒にいられる?」 「今日はずっとユベールと一緒にいたい」  アレクはゆっくりと僕の胸で目を閉じた。  長いまつ毛が少し震えているのがわかる。 「泣いてるの?」  聞くと、 「泣いてない」   返事が返ってくる。その後に、 「本当はユベールには自由であって欲しい。 でも俺はユベールの全てを知っていないと不安になる。ガゼボの時もマティアスとの時もそうだ。その不安をどう受け止めていいのかわからない。どう伝えたらいいかわからない。わからないことがあると、どうしても苛立ちが勝ってしまう。俺は悲しみも不安な気持ちも人前で見せてはいけない。涙を見せてはいけない立場なんだ」  と、続けた。  もしかして、アレクは今まで悲しみや不安を怒りに変えてきたの?変えざるおえなかったの?  人前で泣けないから、その気持ちを怒りで隠したの?  もしそうなら、冷酷といわれるほどアレクの心は悲しみでいっぱいになって、またそれを隠すために冷酷になっていったの?  そうなら、僕がアレクの悲しみや不安を取り除いてあげたい。  僕に向けてくれるあの笑顔を、みんなにも向けて欲しい。  人々がアレクに抱いてしまった悪評が間違っていると、わかってもらいたい。  だってこの人は、僕がしてしまったことに深く傷つき僕にキツく当たってしまい、そのことで自分を責めてしまう。でもまっすぐに向き合えば自分の気持ちをきちんと伝えてくれる人。こんなに素直な人なんだから。 「アレク、僕はずっと一緒にいるよ。ずっとそばにいる」  黒く艶やかなアレクの髪をなでる。 「本当か?」  瞑っていた目を開け、アレクは僕を見上げる。 「うん。ずっと」 「今日みたいに突然怒りだすかもしれないんだぞ」  僕の答えを待つアレクは、今、不安と戦っている。  僕に拒絶されないかという不安と。 「アレクが怒っている時は、アレクの心は泣いてるんでしょ?そんなアレクのそばから、僕がいなくなるわけないじゃないか」 「……」  僕がアレクの額に口付けをするとアレクは穏穏やかに微笑み、また瞳を閉じ僕の胸に顔を埋めた。

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