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第75話 噂 ①
園庭でマティアス様と会ってから、僕とマティアス様とクロエの三人で園庭で散歩をしたり、お茶をする機会が増えてきた。
話の内容はもっぱらマティアス様が手入れをしている薔薇の話。
薔薇の手入れは水やりから害虫駆除まで全てされているそう。
今は薔薇のアーチを増やしていきながら、新種の薔薇の研究を庭師としていると話されていた。
この前、摘みたての薔薇を僕の部屋に持ってきてくれた時、僕が薔薇の棘で手を怪我しないようにと、棘の部分を全て取り除いていてくれていた。
はじめは怖い印象しかなかったマティアス様だけど、一緒に過ごすうちに色々なマティアス様を知ったような気がした。
今日は薔薇のプレゼントのお返しに、マティアス様を部屋にお招きして、お茶会をすることにした。
城下でクロエと見繕ってきたケーキをタワーに乗せ、茶葉の用意をする。
「ユベール様、本当にマティアス様をお部屋にお呼びしてもいいんですか?」
クロエにマティアス様をお茶にお招きしたと話すと、クロエはマティアス様を僕の部屋に招き入れることをよく思っていない。
「いつもよくしてもらってるからね。僕も何かお返ししないと。もらってばかりじゃいけないからね」
「それはそうですけど……」
やっぱりクロエは納得していない。
「今度からはマティアス様と会う機会を減らすよ」
マティアス様は帰りに、いつも次いつ会うかの約束をされる。
それが別れの挨拶のようになってしまっていて、必然的に次会う日にちが決まってしまうので、このお茶会の後からは、それをなくそう。
そんなことを考えながら、ふと時計を見るともうすぐマティアス様が来られる時間。なのに用意していたはずの茶葉が一種類足りない。
「クロエ、茶葉が一種類足りないから僕ちょっと厨房に行ってくる」
「ユベール様、私が行ってきます」
「僕だって一人で厨房に行けるって」
そう言い厨房に向かう。
アレクに手料理を作ってから厨房の人達と仲良くなり、今ではクロエと一緒によく遊びに行っている。
早く行かないと、マティアス様が部屋に来てしまう。
廊下の曲がり角を曲がろうとした時、
「そういえば殿下とジェイダ様のこと聞いた?」
侍女の話し声がし、足が止まった。
「あれでしょ?殿下とジェイダ様がご結婚なさるって話でしょ?」
アレクとジェイダが結婚!?耳を疑った。
「でも殿下にはユベール様がいらっしゃるじゃない」
「ユベール様は側室でしょ。ジェイダ様は正室って噂もあるわ」
「そうなの!?」
「なんでもジェイダ様は亡くなった殿下の母君のナーシャ様と瞳の色までそっくりで、生き写しのようだって聞いたわ。そりゃ殿下も母君とそっくりで、子どもを授かるるとができるジェイダ様とご結婚されるわよ」
「そうね。ユベール様とでは子供は授かれないものね」
頭を鈍器で殴られた気がした。
目の前が真っ白になって、立っていられない。
今すぐ、この場所から遠くにいきたい。もうアレクとジェイダの話は聞きたくない。
全速力で走って、どこか遠くにいきたい。でも足が動かない……。
足の力が抜け、その場にしゃがみ込んでしまう。
「殿下とジェイダ様はお二人とも黒髪にルビーのような赤い瞳だから、お子様もきっと黒髪に赤い瞳なんでしょうね」
「美男美女だから、玉のように美しいお子様なんでしょうね」
うっとりとした声で侍女達は話を続ける。
嫌だ、聞きたくない!もう聞きたくない!
両手で耳を塞いでも頭の中で、さっきまで聞こえていた話が響いた。
もう嫌だ!もう嫌だ!誰か助けて!!
心の中で叫んだ時、両耳を塞いだ手の上に、さらに誰かの手が重なった。
誰?
見上げると、悲しそうに僕を見つめるマティアス様がいた。
「そのまま、耳を塞いでて」
僕が頷くと、マティアス様は僕の体を抱き上げた。
「部屋に着くまでの間。ちょっとだけ我慢して」
そう言いマティアス様は黙ったまま、僕を部屋に連れて行ってくれた。
部屋に着きクロエの顔を見た途端、止まっていた涙が溢れ出した。
「マティアス様!ユベール様に何をされたんですか!?」
クロエがマティアス様を睨みつける。マティアス様は何も言わない。
「きちんと仰ってください!」
無礼を承知でクロエは僕のために怒ってくれている。でも違う。違うんだ……。クロエにきちんと説明しないとマティアス様が悪者になってしまう。
「違う……違うんだよ……」
しゃくりあげながら、クロエに今までのことを話た。話をしていくうちにクロエの顔がどんどん悲しそうになり、言い終わる頃には目からポロポロと涙が溢れた。
「聞かれてしまったんですね。でもただの噂です。そんなのデマです!」
クロエが僕の手を握った。
「クロエ、この話、知ってたの?」
「使用人の間で話されているのは知っていました」
「マティアス様はご存じだったんですか?この前お会いした時は、ご存じだったんですか?」
「ああ」
「じゃあ、どうして教えてくださらなかったんですか!?」
クロエもマティアス様も知っていた。
使用人ですら知っていた。知らなかったのは僕だけだなんて、あんまりだ!あんまりだ!
「そんな話は父上からも兄さんからも聞いていない。そんな噂はデマだから、ユベールには伝えなかったんだ」
「そんなの本当にデマかわからないじゃないですか!」
「わかるよ」
「わからない!」
頭の中で、アレクとジェイダが微笑みながら見つめ合う姿が浮かぶ。二人とも結婚式の衣装を着て、国民に祝福されながら結婚式を挙げる。
胸が締め付けれ苦しい。
胸が張り裂けそうで苦しい。
アレクのいない生活に慣れないといけないと思っていたけど、アレクがいない生活なんて考えられない。
「うっ……ぅぅ……」
泣き顔を見られたくなくて両手で顔を隠すと、大きくて暖かいものに体が包まれた。
「俺がそばにいるから……」
頭の上から声がした。
見上げるとマティアス様が僕をしっかりと抱きしめていた。
「俺がずっとそばにいるから、今日はもう眠った方がいい」
マティアス様は僕を抱き上げ、ベッドに連れて行ってくれる。
「ユベールが目覚めるまでそばにいるから、ゆっくりおやすみ」
コクリと僕は頷き、目を閉じた。
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