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第74話 アレクのいない日々 ②
次の日、服の出来上がりは夕方だと言っていたのに、ティナはお昼過ぎには僕の元に服を持ってきてくれた。それはイメージ画として描いてくれていた服以上に美しいできだった。
ティナはまた大急ぎで何着か作ってくるといってくれ「無理しないでね」といったものの、多分ティナは無理してでも作ってくれる。ティナはそういう人だ。
昼食はいつまでも自室で食べるのもおかしいので、いつも食堂で食べることにした。
「あ……」
いつも僕の向いの席はアレクの席。そこにも料理が用意されている。
席に付き、しばらくアレクの席を見る。
いないはずなのに、その席にアレクが座っているように見える。
「暖かいうちに召し上がってください」
クロエはそう言ったけど、
「もう少し待ってみるよ」
僕はそう答えた。
もしかして、もしかして、アレクが来てくれるかもしれないと、どこかで淡い期待があったから、待っていたかった。
でもどれだけ待っても、アレクは来なかった。
次の日も、その次の日も来なかった。
食堂にはただ僕が座っているだけ。
「ユベール様、少しだけでも召し上がってください」
一口、二口しか食べられない僕をクロエは心配してくれている。
皿の上には手もつけられていない料理が残っている。これじゃあ食材が勿体無いし、料理人にも失礼だ。
「うん。そうだね、いただくよ。あとね、次の食事からアレクの分はここには出さなくていいよ」
アレクはもうここにここには来てくれない。それを認めないと……。
その日から午前中はクロエと刺繍をして、午後からは子ども達と過ごした。
園庭の花々や子ども達の笑い声が僕を癒してくれる。
夕方、子ども達が各家庭に帰った後、いつもはクロエと一緒に園庭を散歩するのが日だけど、今日は僕は一人になりたくてクロエとは別行動にした。
花の香りを嗅いだり、たまに飛んでくる蝶々を眺めたり。心が落ち着くひと時。
アレクがいない生活に早く慣れないと……。
そんな気持ちに押し潰されそうになるのを、紛らわせた。
「ユベール?」
後ろから声を掛けられ振り返ると、そこにはマティアス様の姿があった。
「やっぱりユベールだ。こんな所で何をしてるの?」
マティアス様が僕の方に歩いて来る。
「少し散歩に……」
今、マティアス様は一人だ。
今日に限ってクロエと別行動にしたことが悔やまれた。
「俺は薔薇の手入れをしに来ていただけだから、そんなに警戒しなくても、大丈夫」
「警戒だなんて……」
「してるって。ほら顔が引き攣ってる」
マティアス様は『あはは』と笑っている。
マティアス様とお茶をした一件で、僕はマティアス様が少し苦手だ。
でもそれを気づかれてはいけないと、反省した。
「とりあえず歩きながら話さないか?俺が手入れしている薔薇も見てほしいし」
「マティアス様と二人でですか?」
「今はクロエがいないから、そういうことになるね」
マティアス様は二人きりの時『マティ』と呼んでほしいと言っていた。でも僕はアレクと『マティ』と呼ばないし、二人きりで会わないとも約束した。
「あの、それは……」
僕が断りかけた時、
「この前のこと、すまなかった。ずっと謝りたかったんだ」
僕が話すより先に、マティアス様が言った。
「あんなことをしてしまったのは、ユベールがアレク兄さんとだけ仲がいいのが悔しくて。でも後で考えると 私の行動は、ユベールからしてみればよく知りもしない人から、あんな言い方されると困るし怖いと思ってね。この前の失礼を許してほしい」
そう言い、マティアス様は頭を下げる。
「頭をお上げください!」
「ユベールが許してくれるまで、頭を上げることはできない」
どうしよう……。
この前のマティアス様は威圧的で怖かったけど、今のマティアス様は真摯な態度で接してくれている。そんな人を、僕はいつまでも避けていてもいいのだろうか?
「僕はもうマティアス様のことを怖がっていませんし、避けたりもしません」
「本当か?」
マティアス様はやっと顔を上げる。
「この前のマティアス様は少し怖いと感じましたが、今のマティアス様は怖くありません。だから僕もマティアス様と色々とお話したいと思います。ただ二つお願いがあるのです」
「なんでも言ってくれ」
「一つ目は、今後、僕とマティアス様は二人きりでは会わない。二つ目は、もし二人きりになったとしてもマティアス様のことは『マティ』と呼ばない。この二つです」
この二つはアレクと約束したこと。だからもうアレクが僕のことを見てくれなくても、僕は守っていきたい。
「その約束必ずまもる。誓うよ」
僕のお願いに嫌な顔せず、マティアス様は了承してくれた。
「本当はもう少しユベールと園庭を散歩したいが、二人きりになってしまうから今はやめておくよ。今度クロエか誰か他の侍女と一緒の時に散歩してくれないか?」
「ええ、もちろんです」
「よかった」
マティアス様は安心したように微笑んでから、
「それじゃあ、また」
と僕の前から去っていった。
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