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第73話 アレクのいない日々 ①
次の日、目が覚めるとカーテンから差し込む太陽の光は、眩しかった。
無意識のうちにアレクが眠っていた場所を見てしまうけど、やっぱりアレクはいなくて現実を突きつけられる。
ゆっくりと体を起こすと、ベッドのそばでクロエが何か縫っている。
「クロエ?」
刺繍をしていたクロエが手を止めた。
「何を作っているの?」
僕が訊くと、
「ユベール様を驚かせようと、本当は秘密に作っていたのですが、バレてしまいましたね。これはユベール様にプレゼントしようと思っていたハンカチです。この国では大切な人に刺繍をしたハンカチを送ると、ハンカチを受け取った人は幸せになるという言い伝えがあるんですよ」
まだ縫いかけのハンカチを見せてくれた。
白い布には、青い小さな花が縫われている。
「もうすぐで完成ですので、できたらお渡ししますね」
クロエは縫い掛けのハンカチを机の上に置き、
「さ、朝の支度をしないと」
衣装タンスを開ける。
「今日はどれになさいますか?」
タンスの中の服は、どれもアレクからの贈り物。アレクとの思い出が残っている。どれを着ていてもアレクを思い出してしまう。
胸が痛い。無意識に胸元を押さえていると、
「では今日は、お着替えなしでパジャマ ままで過ごしましょう。後で城下のお針子 を呼んでおきます。最近新しい服を作っておられなかったので、気分転換に新しい服をたくさん作ってもらいましょう。それじゃあ、朝食はこの部屋で食べましょうね。パジャマのままで一日過ごすなんて、なんだかいけないことをしているようでワクワクします」
楽しそうにクロエは食事の用意をとりに行く。
多分、僕は朝から暗い顔をしていたと思う。
でもそのことを咎めず、楽しい雰囲気にしてくれたクロエには、感謝しかない。
朝食をすませた頃、以前服を作ってくれたお針子のティナ来てくれた。
「お店も忙しいのに、ごめんね」
「滅相もございません。街の人達はユベール様が最優先です。どうぞお気になさらないでくださいね」
テキパキと採寸をしてくれる。そしてその場で服のイメージを絵に描き下ろしてくれた。
「わぁ、どれも綺麗」
鮮やかというより清楚。目立つ服ではないが機能的で動きやすそう。
「急いで作りますが、仕上がりは明日の夕方になってしまいそうなのです……」
ティナは申し訳なさそうだけど、明日の夕方に一着作り上げるなんてすごいスピードだ。
「そんなに無理しなくても大丈夫だよ」
「いえいえ、私の力を信じてください」
自信満々なティナは心強い。
「じゃあお願いするね」
「任せてください!」
ティナは力強く言い、店に帰って行った。
「さて次は何をします?」
「そうだな~。あ、僕も刺繍を教えて。僕もハンカチに刺繍がしたい」
「それはいいことですね。では用意してきます!」
クロエはすぐさま刺繍の用意をしてくれる。
「ユベール様は器用ですね」と褒めてくれるので、僕も得意げになって縫っていく。
刺繍をしたことのない僕は、本当に本当に基本から教えてもらう。
このままではいつクロエみたいに縫えるようになるのか不安になっちゃうけど、がんばろう。
刺繍は思いのほか集中できてあっという間に夕食となり、あっという間に就寝時間。
もう少ししたいとクロエ先生に言ったけど、睡眠不足はお肌に悪いと無理矢理にベッドに入らされる。
「おやすみなさい。いい夢を……」
「おやすみクロエ。いい夢を……」
バタンとドアが閉まる。
カーテンの隙間から、月明かりが差し込む。
こんな夜は、いつもアレクといろんな話をしたっけ。
ずっとアレクの隣にいられると思ってた。
でも今アレクの隣にはジェエイダがいる。
そう思うと胸がチリチリ痛む。
アレクのことを想っても仕方ないのに想ってしまう。
この気持ち、アレクに知られなかったら想っていてもいいの?アレクを好きなままでいいの?
「おやすみアレク」
答えが出ないまま、僕は瞳を閉じた。
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