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第72話 帰還 ②

 アレクの書斎から、自室まで走った。すれ違う使用人たちは驚いたように僕を見て道をあける。  走って走って走って……。  勢いよく自室のドアを開け、そのままベッドに倒れ込んだ。泣き声が廊下に漏れないように、顔をベッドに押し付ける。 「ユベール様!?」  クロエが僕の方に掛けてくる足音が聞こえる。 「……。何があったんですか?」 「うっ、ううっ……」  クロエの声に、我慢していた涙が決壊したダムのように溢れてくる。我慢しようとしても嗚咽がもれる。 「大丈夫ですよ、大丈夫」  僕の背中をクロエが何度も「大丈夫、大丈夫」と言いながら優しく撫でる。 「ユベール様にはクロエがついています。何があってもクロエはユベール様の味方です。さ、顔をあげてください。クロエにお顔を見せてください」  僕の手をクロエが握り、僕がゆっくりと顔をあげると僕をしっかりと抱きしめる。クロエは僕に何も訊かない。ただ両手で僕の頬を包み込む。 「お茶の用意をしますね。急いで用意しますので、少しの間お待ちください」  もう一度僕を抱きしめ、椅子を園庭がよく見える窓際まで運ぶと、その椅子に僕を座らせ、お茶の用意をしに部屋を出た。  園庭を見ると、アレクと花の世話をしていたことが思い出される。あの時、僕に向けてくれていた笑顔は、どこへいってしまったんだろう?もうあの笑顔には会えないのだろうか?  頬に涙が伝う。  涙を拭くのも億劫で、涙は流れるまま頬をつたい服にシミをつけていく。  今日のアレクの声色、視線、態度。  どれも僕を煩わしいと思い、嫌っていそうだった。  調査に行く時はあんなに優しかったのに、人が変わってしまったみたい。  何があったの?そんなこと決まっている。  ジェイダさんに出会ったから、僕は邪魔になったんだ。  そもそも僕は偽り側室。僕のことをどうしようかなんて、アレクが決めることだ。  今までが幸せすぎたんだ。僕がアレクのことを勝手に想っていただけなんだ。  勝手に……。  僕が勝手に落ち込むのも、悲しむのも、泣いてしまうのも、アレクにとっては面倒なこと。ごめんねアレク。僕はアレクの邪魔にならないように過ごしていくよ。  クロエと作った料理は、クロエと一緒に食べた。 「作りすぎちゃったね」  ほとんど残ってしまった料理を目の前にすると、一生懸命僕と作ってくれたクロエに申し訳ない。 「料理は余るぐらいがちょうどいいんです。それにこの料理は日持ちがしますので、料理人に言って保存してもらっておきましょう」  下げてちょうだいとクロエが他の他の侍女に合図すると、食事は下げられた。 「ユベール様。今日の湯浴みは湯にラベンダーの製油を少し混ぜてみました。とてもよい香りがしますよ。さ、いきましょう」  抜け殻のようになってしまった僕の手を、クロエが引いてくれる。  服を脱がしてくれ湯船に浸からせてくれる。ラベンダーの香りがして、心地いい。  いつもは体は自分で洗うけど今日は体が重くて何もできず、体も髪もクロエが洗ってくれた。パジャマに着替え、髪を溶かしてもらいベッドに入る。 「今日は私のお気に入りの話を、読んで差し上げますね」  ベッドの近くに椅子を持ってきて、子供を寝かしつけるように本を読む。内容は頭に入ってこなかった。でもクロエの穏やかな声は心地よく、いつの間にか僕は眠りについていた。

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