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第71話 帰還 ①

 宮殿にの残った僕はデビュタントのダンスやマナーの授業、子ども達に読み書きを教えたりと、わざと忙しくした。  クロエに「そんなに無理をされたら、お体に悪いです」と言われたけど、忙しくしていないとアレクのことを考えてしまって、心配ばかりしてしまう。  アレクは僕が心配しないようにと、毎日手紙を届けてくれる。アレクからの手紙は嬉しいし、返事を書く時はアレクのことをだけ考えられるけど、書き終わってしまうと今日あった出来事を直接話せない寂しさが襲ってくる。  それにアレクは手紙にはいい事しか書いていないけど、今調査団がいる辺りは盗賊がたくさん出て、今回も前回の戦いの時みたいに、近隣の村が襲われ負傷者が出たという悪い噂が聞こえてくる。  怪我はしていない?  体調はどう?  調査の期間はいつまでと決まっていないの?  そう手紙に書きたいけど、そんなことを書いてしまったら、アレクを困らせてしまうだけ。  その言葉をグッと胸の奥に押しやった。  そんな日々が3週間程続いたある日。アレクから嬉れしい手紙が届いた。  それは『あと3、4日で帰る』とのことだった。その手紙をアレクが書いたのはちょうど2日前。ということはアレクは明日か明後日に帰ってくる。 「クロエ、アレクが帰ってくるから手料理の用意をしよう。今回は下ごしらえの準備にも時間が取れるから、煮込み料理も作れるね。急いで城下に行って食材を選びに行かなくちゃ」  宮廷には御用達の業者もいるけど、今回は自分の目で食材を選びたい。急いでクロエと城下に行く。 肉屋、魚屋、八百屋、加工品を扱うお店、酒屋、果物屋……。僕はそのお店の人おすすめの料理のレシピを教えてもらって、クロエと二人だけで準備した。僕の住んでいた地域は海から遠かったから、魚料理を作るのは初めて。それでも魚屋の店主さんからもらったレシピや、宮殿の料理人に教えてもらって頑張って準備した。  アレクが帰ってくると報告があったのはその日の晩だった。 「クロエ、急いで盛り付けしないと!」 「はい!」  二人厨房を忙しなく行き交う。綺麗な食器を揃え美味しい葡萄酒も準備し、アレクが帰ってきたらいつでも食べられるようにした。湯浴みもすぐできるように準備を整える。  アレクの帰還を知らせるラッパの音が聞こえるのが楽しみで仕方ない。寝室の窓から遠くを眺める。  今日は疲れているから、ゆっくりさせてあげないと。  寝室には癒しの効果があると言われる香油をたく。  そんな中、帰還を知らせるラッパの音が宮廷に鳴り響く。  アレクが帰ってきた!  僕は急いで階段を駆け下りる。門の前でアレクが門をくぐるのを待つ。遠くからアレクが率いる一軍が見える。 「アレク!」  クロエが止めるのも訊かず、僕はアレクの方に駆け寄った。  アレクを近くで見た時、息が止まった。 「アレク……?」  馬に乗ったアレクは、艶やかな黒髪を腰まで伸ばしている見知らぬ美しい女性を乗せていた。 「おかえり、なさい……」  そういうと、僕の前で止まり、 「ああ、ただいま」  いつもの優しい声ではなく冷たい声で言った。 「その人、誰?」  そう聞く僕の声が震える。 「こいつは……」  アレクが説明しようとした時、 「ユベール様、お初にお目にかかります。私はジェイダと申します。アレク様の恋人です」  ふわりと微笑むジェイダさんは、馬の上から僕を見下ろす。 「え……? 恋人?」 「はい。盗賊に襲われているところをアレク様に助けていただいて、そこからおそばに置いていただいています。ね、アレク様」  エイダさんは甘えるような声で言いながら後を振り返り、アレクに同意を求める。 「盗賊から助けたのは本当だ」  そんな……。  しかも自分のことを『アレク』と呼ばせている。  予想もしていなかったことが立て続けに起きて、僕の思考回路が止まってしまう。 「ユベール、ここで話をしていたら後のやつが進めない。話は後にしてくれ」  それだけ言い、アレクと一軍は僕のそばを通り抜けていった。  帰還後、アレクとマティアス様は皇帝陛下への報告に行っていた。  ヒューゴ様に「寝室でアレク様を待っていてください」と言われたけど、待っていられずアレクの書斎に行くと、そこには先ほどアレクと同じ馬に乗っていたジェイダさんが、もうすでにいた。  「ユベール様」  部屋に入ってきた僕を見て、ジェイダさんが駆け寄ってきて僕に抱きつく。 「本当にお人形のようにお美しいですね」  まじまじと僕の顔を見られたが、ジェイダさんの方が美しい。  百合の花びらのような白い肌に、黒真珠のような輝きがある黒髪。  女神のように整った目鼻立ちに長い手足。一際目を引くのはルビーのような真っ赤な瞳。  まるでアレクと同じような瞳だ。 「ジェイダさんの方が美しいですよ」 「そんなそんな。ユベール様は美しくもあり可愛くもいらっしゃいます」 「そんな……」  褒められれば褒められるほど、虚しくなる。 「それに私のことは『ジェイダ』とお呼びください。私、ユベール様とお友達になりたいんです」  差し出された手を、僕は咄嗟に握り返してしまった。 「ジェイダ……」  呼んでみると、薔薇が咲いた時のような美しさでジェイダが微笑む。 「私たち、仲良くなれそうですね」 「う、うん……」  そう答えないといけない空気に飲まれてしまい返事をした時、ガチャリと書斎のドアが開く。 「アレク様」  書斎に入ってくるなり、ジェイダはアレクに抱きつく。 「離れろ」  そうアレクがいうが、 「いつもは私を片時もお離しにならないのに、側室のユベール様の前では気まずいのですか?」  ジェイダは僕を横目でちらりと見た。 「そんなわけないだろう」  アレクは面倒くさそうにジェイダを体から離す。  「もう照れてらっしゃる」  ジェイダは背伸びをしアレクの頬に口付けをする。 「!」  二人の様子を目の前で見て、僕は声も出なかった。  しかもジェイダに口付けをされたというのに、アレクそれを咎めない。  どういうこと?  息が苦しくなるほど、胸が締め付けられた。それでもなんとか息をする。 「そうだユベール。今日から食事も寝室も別にしよう」  アレクは僕の目を見ず、書斎の机の上に置いてある書類に目を通しながら行った。 「ど、どうして?」  振り絞るように僕は声を出し訊く。 「どうしてもだ。それにもう俺に会いに来るな」  それだけいうと、アレクは大股で僕のそばを通りぬけ部屋から出て行ってしまう。 「アレク様は私には優しいのに、ユベール様にはあんなに冷たいのですね。側室なのにお可哀想」  とジェイダは僕の耳元で囁いてアレクの後を追った。

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