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第81話 真実 ②

「一緒に、いられない……」 「!」  アレクはハッと息をのみ、その次に出てくる言葉が見つからないようだった。 「僕、ジェイダとのことで思ったんだ。アレクは帝国の第一王子。ゆくゆくは皇帝になる身だし、お世継ぎは必要なんだ。でも僕は男で、アレクの子供は絶対に授からない。だからアレクは女性の正室を迎えるべきなんだ。僕は心が狭いから、アレクとその女性が一緒にいる姿を、そばで見守ることができない。二人が愛し合っていると思うと、身が引き裂かれる思いなんだ。ねぇアレク、僕からの最後のお願いは、僕を後宮から追い出して。そしてアレクの子供を授かれる方を、正室迎え入れて」  ずっと考えていた。アレクには守るべき大切なものがある。   帝国のこと、国民のこと……。 それらを守るためアレクはずっと頑張ってきた。  僕がただアレクのそばにいたいからって想いだけで、アレクのそばにはいられない。 「……。そんなことのために、ユベールは俺の前からいなくなろうとしているのか?」  怒りを込めた目で睨まれ、背筋が凍る思いがしたのは束の間、すぐにアレクの瞳は深く傷ついた色に変わる。  今まで一人で抱え込んできたアレクに、僕がまた苦しい思いをさせている。  僕だってアレクのそばにいたい。そうすることで、僕だけ苦しい思いをするのであれば、そうしたい。  でも、きっと優しいアレクは、僕のために正室は迎え入れないだろう。そんなことはさせられない。 「ごめんねアレク。僕が女の人なら……。アレクの子供を授かる可能性があるのなら……」 「跡取りがいたら、ユベールは俺のそばにいてくれるんだな」 「え?」 「後継者がいれば、ユベールは俺のそばにいてくれるんだな」 「う、うん……。でもそんな子どもは……」  僕がそういうと、 「待ってろ」  アレクは部屋を飛び出した。そしてしばらくすると、金色の髪をした10歳ぐらいの男の子を連れてきた。 「この子は?」 「この前の調査に行っているとき、盗賊ひ襲われたキャラバンにいた唯一の生き残りだ」 「!唯一ってことは……」 「この子の親は、この子の目の前で殺されてしまっていた」 「そんな……」  こんな子どもが親が殺されるのを、目撃してしまっていたなんて……。 「この子を守ってくれる大人がおらず、俺が内密に連れて帰ってきて、ヒューゴに面倒をみさせていた。俺はこの子を後継者にしようと思っている。だからユベールが後継者を心配する必要はないんだ」 「え……?」  絶句してしまった。 「それって、僕と一緒にいたいからだけで、この子を後継者にしようとしているの!?」  沸々と怒りが込み上げてくる。  「この子の気持ちはどうなる?親がいなくなって、知らない土地に連れて来られて、自分を連れてきた人に有無も言わせず帝国の後継者になれって言うの?そんなことのために連れて帰ってきたの?アレクはなんてことを言うの?そんなの最低だ!」  信じられなかった。  アレクがこんな子供を、私利私欲のために使おうとしていたなんて。 「それは違う。犯人がマティアス達かもしれず、もしこの子が犯人を見ていたのなら、犯人は必ずこの子どもの命を奪いにくるだろう。だから連れて帰ってきたんだ。決して後継者にするつもりで連れて帰ってきたんじゃない」 「その時はそうかも知れないけど、今はこの子の将来の自由を奪おうとしているんだよ。どうしてそれがわからないの!?」  悔しくて涙が出る。俺が愛したアレクが、僕といることでここまで変わってしまったなんて。  このまま僕がここにいたら、アレクもこの子も幸せになれない。 「僕は出ていくよ」  くるりとアレクに背を向けて、歩き出そうとした時、 「待って!」  腕を掴まれた。  振り返ると、俺の腕を掴んでいたのは、あの男の子。 「待って! 出ていかないで!」  僕の腕を掴む力が強くなる。 「ぼ、ぼくが後継者になるから、出ていかないで。ぼくのせいで、いなくならないで」  目にいっぱい涙を溜めて、必死に訴える。  ああ、子どもの前であんな怒鳴り合いをしてしまうなんて、俺も最低だ。 「怖がらせてしまってごめんね。僕が出ていくのは君のせいじゃないよ。僕のせいだ。僕がアレクのそばにいたかったばっかりに、みんなを悲しませてしまっている……」  僕がいるから、あの優しいアレクが暴走してしまい、この子も自分が悪いと思っている。それは間違っている。 「殿下はね、ユベール様を避けていた時も、ずっとユベール様を見ていたんだよ。この部屋で仕事をしていても、園庭にユベール様がいないか、探していたんだよ。その時、殿下はいつも苦しそうで悲しそうな顔をしていた。ぼくはもう、殿下にそんな顔をしてもらいたくないんだ」  そう話すその子自身も、とても傷付いた顔をしてる。僕は男の子と同じ目の高さになるように、しゃがんだ。 「君の名前は何て言うの?」 「ハイネ」 「ハイネくん。僕がいなくなっても、きっとアレクに見合ったお妃様がいらっしゃる。そうしたらきっと……」  そこまで僕が言った時、 「ぼくは殺されちゃうの?」  ハイネくんが言った。 「殿下は第一王位継承者だったから、命を狙われてたんでしょ? 新しいお妃様がきたら、僕は殺されてしまう。そんなの嫌だ」  ドキリとした。ハイネくんが言うとおり、新しいこと妃とアレクの間に子供ができれば、ハイネくんは政権争いにまきこまれてしまう。どうしてそんなこと、気づかなかったんだろう。 「それに僕の母様はユベール様がいい。命を賭けて殿下を守った、勇気があるユベール様がいい」  ハイネくんが僕に抱きつく。 「父様は僕を助けてくれた殿下がいい。母様は優しくて勇気があるユベール様がいい。どうかお願いです。ぼくの母様になって」  僕に抱きつく体が、声が震えている。 「王位継承者になったら、お勉強も剣の練習も大変だよ」 「うん」 「それでもいいの?」 「うん。ぼく、たくさん勉強して、剣も練習して父様みたいに強くなるんだ」 ー父様みたいに強くなるんだー  ハイネくんの中では、アレクはもう父様なんだ。チクチクしていた胸の中が、ほんのり暖かくなる。 「それでね、母様みたいに大切な人を守れる人になるんだ」 「ハイネくん……」  僕が母様……。 「本当に僕が母様でいいの?」  そう訊くとハイネくんは目をキラキラさせながら、顔をあげる。 「ぼくの母様になってくれるの?」  もうそんな顔をされたら…… 「僕をハイネくんの母様にしてください」  ハイネくんを抱きしめ返した。 「やったー! やったー! ユベール様がぼくの母様だ!!」  ハイネくんがぴょんぴょん飛び跳ねるので、 「わぁ!」  バランスを崩して、後に倒れそうになったところを、アレクに助けられる。 「ハイネの母親になってくれるってことは、俺の正室になってくれる、のか?結婚してくれるって、こと……なのか?」  僕の様子を探るように、アレクが僕を見る。 「うん。大切にしてね……って、わぁ!」  言い終わらないうちに、僕はアレクにも抱きしめられた。 「これから親子、三人の暮らしが始まるね」  そう言うと、 「そうだな」  アレクは今まで見てきた中で、一番美しい笑みを浮かべた。

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