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第84話 守りたいもの

「父様、母様、朝ですよ~」  ノックもなしに寝室のドアが開かれ、僕たちのベッドにハイネがダイブしてきた。 「父様と母様は本当にねぼすけさんですね。もう10時ですよ」  置き時計を目の前に持ってこられてう、時間を確認する。  本当に10時だ。  窓の方を見ると、日差しは部屋の中を明るくしている。 「ごめんねハイネ。もう朝食は食べたよね」  そう訊くと、 「父様と母様を待っていたから、まだだよ」  とまさかの返事。 「え!?食べてないの?アレク起きて。起きてってば!」  ハイネがベッドにダイブしてきたにも関わらず、アレクはまだ眠っていいる。 「ハイネが僕達が起きてくるまで、朝食食べずに待ってくれてたんだって。もう10時なのに、まだ何も食べてないんだよ」 「そうなんだ……。10時なのに、まだ食べてないんだ……。ん?食べてない?食べていないだって!?」  はじめはねぼけていたアレクだったけど、少しずつ現状を理解したようで跳び起きる。 「お腹空いているんじゃないか?」 「空いてる」 「ハイネの侍女はどうした? どうして朝食の用意をしない」 「僕が用意しないでって言ったんだ」 「どうして?」 「どうしてって……」  ハイネは怒られていると思っているのか、目に涙が浮かんでくる。 「アレク、そんな言い方したら怖いよ。ハイネおいで」  僕はハイネを手招きし、膝の上に乗せる。 「ハイネは思いがあって、僕達が起きてくるのを待っていたんだよね。もしよかったら、理由を教えて」  金色の髪を優しく撫でると、ハイネが振り返る。 「あのね、今日はま|僕たち《・・・》が主催するお茶会に父様と母様を招待したくて待ってたんだ」 「『僕達』?『お茶会』?」 「うん。あのね、みんなで頑張って準備したんだよ。だからガゼボまで来て欲しいんだ」  詳しく話したそうだけど、それは内緒なようで、それい以上言わないように、小さな手で口元を押さえた。 「僕、最後の準備が残っているから先に行くね~」  それだけ言い残し、ハイネは慌ただしく寝室を出て行った。 「お茶会の話、アレクは聞いてた?」 「いや。聞いていない。その様子だとユベールも聞いてなさそうだな」  二人して考えるが、心当たりがない。 「とりあえず用意をして、ガゼボに行くか」 「そうだね」  僕達は用意をし、ガゼボに行った。  ガゼボの周りにはたくさんの子供達と数人の大人の姿がみえる。 「父様~、母様~」 「殿下~、ユベール様~」 「アレキサンドロス様~、ユベール」  僕達が近づくと、ガゼボの周りに集まっているのが誰かわかってきた。そこにはハイネとカイトくん達、そして孤児院の子ども達と牧師様、ヒューゴ様とクロエがいた。  ガゼボの前には大きな敷物が敷かれていて、その周りを鉢に埋められている花が、いくつも並べられている。  銀色のカートが数台あり、その上にはケーキタワーのほかに、大人数の朝食の用意と飲み物が置かれていた。 「これは……」 「あのね、あのね、父様と母様に僕達からのプレゼントだよ」  とハイネ。 「僕達からも殿下とユベール様にお祝いできないか?ってヒューゴ様に相談したら『皆さん主催のお茶会はいかがですか?』って教えてくれたんだ」  とカイトくん。 「でね、僕達はユベールが好きだったクッキー焼いてきたんだ」  と孤児院の子ども達。 「皆さんとてもがんばって用意していましたよ」  よくよく見ると、色々なところがリボンなどで装飾されている。 「あのね僕達、父様と母様にいっぱい助けてもらったんだよ。だから今とってもしあわせなんだ。結婚式には僕だけしか出られなかったけど、お祝いしたい気持ちはみんな一緒なんだ。でね、これ……」  ハイネがカイトくんに目配せをすると、カイトくんは背中に隠していた、色とりどり紙で作られた王冠を二つ差し出す。 「綺麗な宝石は用意できなかったけど、僕達だけでつくったんだよ。殿下には王様の冠。ユベール様にはお姫様のティアラ。受け取って下さい」  僕達の頭に冠をのせた。 「世界で一番の冠に、世界で一番嬉しいお茶会だよ」  泣かずに笑顔で言おうと思ったけど、みんなの気持ちが嬉しくて涙が溢れる。 「もっと素敵な冠が用意できなくて、ごめんね」  ハイネは僕が泣いているのは、悲しいからだと思っているようだ。 「違うよ。あのねすっごく嬉しい時でも涙は出るんだ。でね今の涙は嬉しい時の涙だよ」 「母様、嬉しいの?」 「うん!とっても嬉しい」 「父様、うれしい?」 「ああ、嬉しすぎて父様も泣きそうだ」  アレクを見ると目には涙が浮かんでいる。  そんな僕達の姿を見て、子供達は嬉しそうに「えへへ」と互いの顔を見合わせる。 「クッキーたくさん作ったから、みんなで食べよう」  孤児院の子供達がクッキーを差し出す。  形はふぞろいで焦げているものもあったけど、ひとつひとつどれをとっても優しい気持ちが溢れている。 「ありがとう。それじゃあ、みんなでいただきましょう」  いつもの朝食は使用人達が、綺麗に並べてくれているものを食べているけど、今日は自分が食べたいものを自分で皿に取って食べる。  孤児院の子ども達は、いつもは好き嫌いせず食べていけど、今日は特別。好きなものを好きなだけ食べられる。  僕とアレクを囲むように子供達と、ヒューゴ様もクロエも牧師様も一緒に食べる。  自然とたのしそうな笑い声が、あたりに響く。  僕は……|アレクと僕は《僕たち》は幸福に包まれてる。    僕は思う。  悲しい涙を流す人が少しでもいなくなるよう。  生まれてくる命が皆、祝福されるよう。  一歩ずつ一歩ずつ歩んでいこう。  僕がアレクと出逢えた奇跡を忘れずにしよう。  と。  アレクと共に、この帝国を守り、争いのない、全ての人々が安心して過ごせる国を作ろう。  子ども達の笑顔と未来を守っていこう。  だから|アレクと僕《僕たち》は手を取り、共に歩こう。  僕は隣に座るアレクに抱きついた。  そこからアレクの息遣いがわかる。体温が伝わる。心臓の音が響いてくる。  アレクは生きている。生きて僕の隣にいてくれる。 「アレク、僕を探して出してくれて、ありがとう」 「ユベール、俺を選んでくれてありがとう」  アレクは愛おしそうに僕の額に口付けし、抱き返してくれた。 「あ~父様だけずるい!」 「本当だ。殿下だけずるい」 「僕だって、ユベールとぎゅってしたい」  子ども達が離そうとアレクを引っ張る。 「お前達がどんなに強く引っ張っても、俺はびくもしない。宣言する。俺がこの世で一番ユベールを愛してるからな」  みんなの前で宣言され、顔から火が出るほど真っ赤になるのがわかる。 「そう言うことは、二人きりの時に言って!」 「二人きりの時は言ってもいいのか?」 「いつも囁いてくれるじゃない。……!」  言ってしまったあとに、しまったと後悔しても、もう遅い。  ここには子供達以外に、牧師様もヒューゴ様もクロエもいる。耳の後ろまで熱くなる。 「二人きりの時に囁く?」 「二人きりっていつ?」  興味津々な顔の子供達に見つめられた。 「えっと……それは……」  チラリとクロエに助けを求めたけど、クロエは『私は知りませんよ』というように、僕から視線を逸らす。  そんな~。  今度はヒューゴ様に助けを求めるが、クロエと同じ対応。牧師様も同じで……。  どうしよう……。  頭の中で色々考えていると、 「それは心から大切だと思った人と出逢えた時にわかる。それまでは大切な人を守れるよう、勉学に鍛錬に励め。そして俺のようになれ」  アレクが言うと、 「うん、わかった!」   口々に子供達が答えた。 「勉学に鍛錬に励むことは素晴らしいですが、殿下のようになるのは考えものです。もっと素晴らしい人を目標にしなさい」  アレクの最後の言葉を、ヒューゴ様がすかさず訂正する。 「俺だって素晴らしいだろ」 「いえ、手がかかります」 「手がかかるはないだろう。な、ユベール」  同意をもとめられたけど、笑ってしまって返事ができないでいるとアレクが拗ねた。 「ほら、手がかかります」 「なに~!?」  いつものようにアレクとヒューゴ様の掛け合いが始まり、周りにはポカンとする子ども達と大笑いする大人の姿があった。  穏やかな日差しの下、花の香りと、そよそよと木々の間を通り抜ける風が心地いい。  ずっとこんな日々が続けばいいのに。  ずっとこんな日々が続くようにしよう。    誰にも気づかれないようにアレクの手の上に、僕の手を重ね、指を絡める。  アレクも僕以外には気づかれないように、絡めた指をしっかりと絡め返してくれる。 ー愛してるよ、アレクー  心の中で、そうつぶやく。  そして、この命尽きるまで、僕はこの手を離さないと誓った。 ーおわりー

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