83 / 83
第84話 守りたいもの
「父様、母様、朝ですよ~」
ノックもなしに寝室のドアが開かれ、僕たちのベッドにハイネがダイブしてきた。
「父様と母様は本当にねぼすけさんですね。もう10時ですよ」
置き時計を目の前に持ってこられてう、時間を確認する。
本当に10時だ。
窓の方を見ると、日差しは部屋の中を明るくしている。
「ごめんねハイネ。もう朝食は食べたよね」
そう訊くと、
「父様と母様を待っていたから、まだだよ」
とまさかの返事。
「え!?食べてないの?アレク起きて。起きてってば!」
ハイネがベッドにダイブしてきたにも関わらず、アレクはまだ眠っていいる。
「ハイネが僕達が起きてくるまで、朝食食べずに待ってくれてたんだって。もう10時なのに、まだ何も食べてないんだよ」
「そうなんだ……。10時なのに、まだ食べてないんだ……。ん?食べてない?食べていないだって!?」
はじめはねぼけていたアレクだったけど、少しずつ現状を理解したようで跳び起きる。
「お腹空いているんじゃないか?」
「空いてる」
「ハイネの侍女はどうした? どうして朝食の用意をしない」
「僕が用意しないでって言ったんだ」
「どうして?」
「どうしてって……」
ハイネは怒られていると思っているのか、目に涙が浮かんでくる。
「アレク、そんな言い方したら怖いよ。ハイネおいで」
僕はハイネを手招きし、膝の上に乗せる。
「ハイネは思いがあって、僕達が起きてくるのを待っていたんだよね。もしよかったら、理由を教えて」
金色の髪を優しく撫でると、ハイネが振り返る。
「あのね、今日はま|僕たち《・・・》が主催するお茶会に父様と母様を招待したくて待ってたんだ」
「『僕達』?『お茶会』?」
「うん。あのね、みんなで頑張って準備したんだよ。だからガゼボまで来て欲しいんだ」
詳しく話したそうだけど、それは内緒なようで、それい以上言わないように、小さな手で口元を押さえた。
「僕、最後の準備が残っているから先に行くね~」
それだけ言い残し、ハイネは慌ただしく寝室を出て行った。
「お茶会の話、アレクは聞いてた?」
「いや。聞いていない。その様子だとユベールも聞いてなさそうだな」
二人して考えるが、心当たりがない。
「とりあえず用意をして、ガゼボに行くか」
「そうだね」
僕達は用意をし、ガゼボに行った。
ガゼボの周りにはたくさんの子供達と数人の大人の姿がみえる。
「父様~、母様~」
「殿下~、ユベール様~」
「アレキサンドロス様~、ユベール」
僕達が近づくと、ガゼボの周りに集まっているのが誰かわかってきた。そこにはハイネとカイトくん達、そして孤児院の子ども達と牧師様、ヒューゴ様とクロエがいた。
ガゼボの前には大きな敷物が敷かれていて、その周りを鉢に埋められている花が、いくつも並べられている。
銀色のカートが数台あり、その上にはケーキタワーのほかに、大人数の朝食の用意と飲み物が置かれていた。
「これは……」
「あのね、あのね、父様と母様に僕達からのプレゼントだよ」
とハイネ。
「僕達からも殿下とユベール様にお祝いできないか?ってヒューゴ様に相談したら『皆さん主催のお茶会はいかがですか?』って教えてくれたんだ」
とカイトくん。
「でね、僕達はユベールが好きだったクッキー焼いてきたんだ」
と孤児院の子ども達。
「皆さんとてもがんばって用意していましたよ」
よくよく見ると、色々なところがリボンなどで装飾されている。
「あのね僕達、父様と母様にいっぱい助けてもらったんだよ。だから今とってもしあわせなんだ。結婚式には僕だけしか出られなかったけど、お祝いしたい気持ちはみんな一緒なんだ。でね、これ……」
ハイネがカイトくんに目配せをすると、カイトくんは背中に隠していた、色とりどり紙で作られた王冠を二つ差し出す。
「綺麗な宝石は用意できなかったけど、僕達だけでつくったんだよ。殿下には王様の冠。ユベール様にはお姫様のティアラ。受け取って下さい」
僕達の頭に冠をのせた。
「世界で一番の冠に、世界で一番嬉しいお茶会だよ」
泣かずに笑顔で言おうと思ったけど、みんなの気持ちが嬉しくて涙が溢れる。
「もっと素敵な冠が用意できなくて、ごめんね」
ハイネは僕が泣いているのは、悲しいからだと思っているようだ。
「違うよ。あのねすっごく嬉しい時でも涙は出るんだ。でね今の涙は嬉しい時の涙だよ」
「母様、嬉しいの?」
「うん!とっても嬉しい」
「父様、うれしい?」
「ああ、嬉しすぎて父様も泣きそうだ」
アレクを見ると目には涙が浮かんでいる。
そんな僕達の姿を見て、子供達は嬉しそうに「えへへ」と互いの顔を見合わせる。
「クッキーたくさん作ったから、みんなで食べよう」
孤児院の子供達がクッキーを差し出す。
形はふぞろいで焦げているものもあったけど、ひとつひとつどれをとっても優しい気持ちが溢れている。
「ありがとう。それじゃあ、みんなでいただきましょう」
いつもの朝食は使用人達が、綺麗に並べてくれているものを食べているけど、今日は自分が食べたいものを自分で皿に取って食べる。
孤児院の子ども達は、いつもは好き嫌いせず食べていけど、今日は特別。好きなものを好きなだけ食べられる。
僕とアレクを囲むように子供達と、ヒューゴ様もクロエも牧師様も一緒に食べる。
自然とたのしそうな笑い声が、あたりに響く。
僕は……|アレクと僕は《僕たち》は幸福に包まれてる。
僕は思う。
悲しい涙を流す人が少しでもいなくなるよう。
生まれてくる命が皆、祝福されるよう。
一歩ずつ一歩ずつ歩んでいこう。
僕がアレクと出逢えた奇跡を忘れずにしよう。
と。
アレクと共に、この帝国を守り、争いのない、全ての人々が安心して過ごせる国を作ろう。
子ども達の笑顔と未来を守っていこう。
だから|アレクと僕《僕たち》は手を取り、共に歩こう。
僕は隣に座るアレクに抱きついた。
そこからアレクの息遣いがわかる。体温が伝わる。心臓の音が響いてくる。
アレクは生きている。生きて僕の隣にいてくれる。
「アレク、僕を探して出してくれて、ありがとう」
「ユベール、俺を選んでくれてありがとう」
アレクは愛おしそうに僕の額に口付けし、抱き返してくれた。
「あ~父様だけずるい!」
「本当だ。殿下だけずるい」
「僕だって、ユベールとぎゅってしたい」
子ども達が離そうとアレクを引っ張る。
「お前達がどんなに強く引っ張っても、俺はびくもしない。宣言する。俺がこの世で一番ユベールを愛してるからな」
みんなの前で宣言され、顔から火が出るほど真っ赤になるのがわかる。
「そう言うことは、二人きりの時に言って!」
「二人きりの時は言ってもいいのか?」
「いつも囁いてくれるじゃない。……!」
言ってしまったあとに、しまったと後悔しても、もう遅い。
ここには子供達以外に、牧師様もヒューゴ様もクロエもいる。耳の後ろまで熱くなる。
「二人きりの時に囁く?」
「二人きりっていつ?」
興味津々な顔の子供達に見つめられた。
「えっと……それは……」
チラリとクロエに助けを求めたけど、クロエは『私は知りませんよ』というように、僕から視線を逸らす。
そんな~。
今度はヒューゴ様に助けを求めるが、クロエと同じ対応。牧師様も同じで……。
どうしよう……。
頭の中で色々考えていると、
「それは心から大切だと思った人と出逢えた時にわかる。それまでは大切な人を守れるよう、勉学に鍛錬に励め。そして俺のようになれ」
アレクが言うと、
「うん、わかった!」
口々に子供達が答えた。
「勉学に鍛錬に励むことは素晴らしいですが、殿下のようになるのは考えものです。もっと素晴らしい人を目標にしなさい」
アレクの最後の言葉を、ヒューゴ様がすかさず訂正する。
「俺だって素晴らしいだろ」
「いえ、手がかかります」
「手がかかるはないだろう。な、ユベール」
同意をもとめられたけど、笑ってしまって返事ができないでいるとアレクが拗ねた。
「ほら、手がかかります」
「なに~!?」
いつものようにアレクとヒューゴ様の掛け合いが始まり、周りにはポカンとする子ども達と大笑いする大人の姿があった。
穏やかな日差しの下、花の香りと、そよそよと木々の間を通り抜ける風が心地いい。
ずっとこんな日々が続けばいいのに。
ずっとこんな日々が続くようにしよう。
誰にも気づかれないようにアレクの手の上に、僕の手を重ね、指を絡める。
アレクも僕以外には気づかれないように、絡めた指をしっかりと絡め返してくれる。
ー愛してるよ、アレクー
心の中で、そうつぶやく。
そして、この命尽きるまで、僕はこの手を離さないと誓った。
ーおわりー
ともだちにシェアしよう!