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第2話

「ノーデンス様、おはようございます 「おはよう」 赤い鳥が鳴く時刻、街も目覚める。朝が早いのは漁師や農家、商売人だけではない。旅人が毎日何百人と訪ねてくる為、国境付近の警備隊、軍人達も慌ただしく動き始める。これまでに大きな事件など一度もないが、城の中でふんぞり返る者は常に怯懦だ。全方位を警戒し、大層な武器を兵士に持たせる。武力をちらつかせることで自身の権威を示している。 「さて……。今日は国王陛下に謁見して、それから城下町の見回りだな」 「承知しました」 同じ鍛冶師の青年、オッドを連れて国王が待つ間へ向かった。かつてこの地を支配下にした憎い一族の子孫────。ノーデンスより五つ歳上の国王、ローランドだ。 彼は前王の一人息子で、文武両道な傑人でもあった。現在は最愛の美しい王妃と、四人の子どもを育てている。国民からの支持も高く、誰もが跪く存在だ。 ノーデンスは全身白のスーツを着ており、赤ばかりの王宮では嫌でも目立つ存在だった。尤も視線を感じるから、などという理由で自身の恰好を変える気は毛頭ない。それこそ陛下の指示なら変えるかもしれないが、つっこまれない限りは堂々と振舞っていた。 国軍の重要なパイプとして、幼い頃から王とも交流があった。 ローランドが王位を継ぐ前は複雑な感情も絡まず仲良くやれていたと思う。というより、自分が無知だったからだ。一族が利用され、ランスタッドを政略した外敵だと知らなかった。成長の過程でその史実を知り、ノーデンスは彼らを憎むようになった。 この国を収めるロイ一族。表向きは彼らに頭を下げ、国の為に働いている。 「おはようございます、ローランド陛下」 「ノースか。おはよう」 王宮の最奥、謁見の間へ入ると、立派な玉座の上に陛下が腰掛けていた。まるで女性のような美しい黒髪と、ぬれたような瞳。まるで王になるべくして生まれたような容姿だ。 ここにはいないが、王妃もこの国一の美人と言われている。しかしローランドが歩くと、時折彼女の存在も霞んでしまう。それほどに圧倒的な魅力、気品、カリスマがあった。 「最近積極的に城下町に行ってくれてるらしいな。なにか変わったことはないか?」 「陛下が気にされるようなこと……あ、近頃小火が増えているようで。乾燥する季節ですし人為的なものではないと思いますが、念の為御報告致します」 オッドに持ってこさせた報告書を淡々と読み上げ、普段視察している街の近況をローランドに伝えた。 対応は分析が大好きな専門家に任せ、ノーデンスは犯罪に関する報告を一手に引き受けていた。 「あとは、そうですね。先々月から東の地区で強盗が三件。いずれも深夜の出来事ですが、死傷者はいません。夜中の見回りを増やすことも視野に入れた方が良いかもしれませんね」 「分かった、次の会議で伝えよう。いつもありがとう。お前のおかげでランスタッドの平和は保たれている」 「とんでもございません。それでは……。陛下に幸多からん一日となることを願っております」 王室を後にし、顔を合わす全ての者と笑顔で挨拶した。ノーデンスは軍事側の人間ということもあり、中には畏れる宮女もいる。挨拶も程々にして城門を抜け、街へ続く一本道を進む。 武器製造の右腕でもあり、長い従者でもあるオッドのことは(無理やり)城に置いてひとりで出てきた。 ノーデンスはこの国では有名人の為、誰もが一度は振り返る。立場もある為一般人の中では狙われる存在だが、誰もが彼の隠した力を畏れて手は出さない。王族以上に堂々と街を闊歩できる。歩く度に長い丈のスーツが靡き、白銀の髪が揺れる。女性達は皆ノーデンスを目にすると、距離は置きつつ感嘆の声を上げていた。 俺はかっこいいらしい。そう思われてるのは悪くない、ホント。 美しいのは罪だ。 弱さも罪。強さは、裁かれない罪。 裁く力を持つ者がいなければ、おのずと頂点が正義になる。 早くロイ王族を遥か彼方に追放し、自分達のような鍛冶師、そして無害な人間だけのランスタッドに戻したい。 この国に王族なんていらないんだ。民から税を搾り取って、悠々自適な生活を送る愚かな種族なんて消えてしまえばいい。 しかし、いつ行動を起こそう。迷いに迷い、ぶれにぶれまくって、数年近く浪費してしまった。 相談できる唯一の人間も目の前からいなくなってしまったから、尚さらむしゃくしゃして、やり場のない怒りと闘っている。 宝石のように動かないものを必死に抱き締めていたら、本当に大切なものがすり抜けていった。

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