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第4話

この地は非常に特別で、必ず同じ時刻に陽が沈む。一分一秒狂うこともなく空は薄紫に染まり、やがて灯りを際立たせる濃紺へ変わる。 昼とは違う活気が生まれ、橙色の灯りが店先に垂れ下がった。仕事を終えた大人達が酒を飲み交わす、ささやかな宴の時間が始まる。 「あ! ノーデンス様、良かったら一緒にどうです?」 屋台の前を通り過ぎた時、鉱山の歩荷の男性達に捕まった。隣国に商品を運搬する出稼ぎの青年達も一緒だ。 「今日はちょっと疲れてて。また誘ってください」 「もちろんです!そういえば昨日ヨキート王国に行ったんだけど、第二王子に会いましたよ。大丈夫ですか?」 一瞬、思考が止まる。 「大丈夫? 何がです?」 「え? いや、その……ご子息も一緒だったから、いつこっちに戻って来るのかな、って。ノーデンス様も寂しいと思いますよ、ってお伝えしたんですけど、彼はまだもどっ!」 その先を聞くことはできなかった。しどろもどろに話す彼の口を、周りの男達が手で塞いだからだ。中核にいた男が慌てて前に躍り出て、引き攣った笑顔で弁解する。 「申し訳ありません、こいつ本当に何も分かってないみたいで……わ、悪気はないんですよ!」 賑やかだった店先が一変、静まり返った。誰ひとり口を開かない。最初に動いた者が殺されるのではないか、という謎の緊張感を放っていた。 心の中で深いため息をつく。 努めて当たり障りのない笑顔を浮かべ、元気に答えた。 「もう、大丈夫ですよ。せっかくなんですから、皆さんもっとたくさん飲んでください! それでは失礼します」 踵を返し、非常に静かになった一行を置いて城へ戻った。住宅街を抜け、城へ近付くほど喧騒は遠ざかる。 音が死ぬ。光が消える。 高台へ登って振り返ると、さっきまでいた城下町が玩具箱のようなサイズに見えた。地平線まで広がり、所々七色に輝いている。 そのずっと先にはシンボルにもなっている国境の大門。ランスタッドを出入りする者は必ず潜り抜ける場所。 現時点、よっぽどのことがなければこの国を出るつもりはない。 「ノーデンス様、お帰りなさいませ。今日も遅くまでお疲れ様です」 宮女達に出迎えられ、城の大広間を抜けた。ノーデンスの部屋は彼以外立ち入ることは許されていない。王族は例外だが、わざわざ自分に用があって来る者はいない。ここしばらく誰も入れたことがなかった。 寝室やシャワールーム、空中庭園のほか食堂や書庫等充分過ぎる設備が備えられているが、今は手付かずで荒れ放題だ。 自室に入り、身に付けているアクセサリーを全て外した。スーツも全て脱ぎ捨て、広過ぎるシャワールームに入る。何故かサークル上の空間に全方鏡張りとなっていて、どこからでも自分の姿が確認できる。 「……っ、ん……っ」 花で作った特製の石鹸を泡立てて、身体を洗っていく。しかし下半身に回った時、無意識に腰を浮かして後ろの小さな窪みに指を当てていた。 「はっ……あ、あぁ」 熱い。 胸も、息も、腰も……全てがぐちゃぐちゃに溶けてしまったような錯覚に陥る。ちゃんと原型を留めていることは鏡を見れば分かるのに、後ろから溢れる体液が冷静な思考を洗い流してしまう。 尻の奥の小さな穴が開きかかった瞬間、中指を潜り込ませた。久しぶりの感覚に、つま先から脳天まで電流が駆け巡った。 仰け反りそうになったところを何とか立て直し、床に膝をつく。まるで土下座しているような体勢で、腕だけは後ろに回していた。 「いっ、あ、あぁあっ……!」 指を激しく抜き差しすることでいやらしい音が浴室に響く。羞恥心で頭がおかしくなりそうだ。……いや、もうおかしくなってるか。ひとりでこんか痴態を晒し、喘いでいるのだから。 前はがちがちに硬くなり、下腹部にぴったりとくっついている。触れてもいないのに、先端から透明なつゆを零していた。 最悪だ。今まであまり触らないようにしていたのが裏目に出たのか、久しぶりの刺激に身体は異常なほど昂ってしまっていた。 内腿がぶるぶると震えて、後ろはもっと強い刺激を求めている。 男を抱く男と、男に抱かれる男。どうしてそんな分け方になったのだろう。子どもを産むのも男に抱かれるのも、女だけで良いのに。 この世界では男も子どもを産める。ただ全ての男が着床するわけではない。確率としては非常に低く、それも特別な精子を持つ男と交わった時しか成功しない。 男同士の結婚は一般化されたが、妊娠についてはまだ解明されていないことが多い。最悪命を落とす者もいるから、初めから子どもは作らないと決めている男性夫婦の方が圧倒的に多い。 それは至極真っ当な考えだと思う。死んだら元も子もないのだから。 家族なんていない方がいい……。 そう無理やり頭に刻みつけて奥歯を噛み締めた。一際強く、一番届く部分を指で擦ったとき、思考を支える大事な糸がぷつんと切れた。 「ああぁっ!」 生理的な涙と、精液なのか分からない液体が弾けた。もはや膝を立てることもできず、床にうつ伏せで倒れる。 こんな姿を誰かに見られたら屈辱で死ねる。快楽に耽ってひとり遊びをするなんて。 だが塗り替えられてしまったのも事実だった。セックスの気持ちよさを教えられるまでは、ひたすら仕事だけに打ち込めていたのだから。 そう思うとやはりあいつが憎い。唾液を零しながら、瞼をそっと伏せる。 倦怠感で動けない。このまま寝たら絶対風邪ひくな……などと考えながら、意識は深い谷底に落ちていった。

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