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第5話

翌朝、ノーデンスは体温計を見て青ざめた。 風邪をひいた。まるで冷気が体内に充満しているようで、じっとしてるのも辛かった。 「さむ! ううう……寒い、寒い寒い寒い……!」 ブランケットを引き摺りながら今日のスケジュールを確認する。昨夜の行いを心底後悔しながらリストを眺めた。 幸い、体調を崩した時に必要なものは全て部屋に揃っている。服を着込み、額を押さえながらため息をついた。 熱は三十八度二分。周りにうつすわけにはいかないから、今日は仕事も休んで大人しくしよう。 まさか風呂場で自慰をして風邪をひくとは……情けなくて死にたくなる。 ただ普段から鋼材に神力を注いだ後は寝込むことが多いので、今回は特に負担が大きかった。ということにしよう。 連絡用の端末を操作し、オッドに繋いだ。すぐに返事が返ってきて、確認するとなにか必要なものはないか、という内容だった。 気遣いは嬉しいものの、今は誰かと話す気分じゃない。問題ないと返信して画面を落とした。 早朝は城の中も慌ただしい。物資を運び入れる者や、朝食の支度をする者が忙しなく動いている。 王族お抱えの武器職人ということで特別に城に住まわせてもらっているが、あまり有難みを感じないのは気のせいだろうか……。 食費や家賃の心配もないし、欲しいものは与えられる裕福な生活をしているのに、時折煩わしさを感じる。独りなのに。 「はぁ……」 朝から色々考えるのはやめよう。ますます体力を持っていかれる。 熱はあっても腹は空いているので、卵を手に取ってフライパンで焼いた。後は良い具合に焼けるのを待つだけだ。 この卵もそうだが、城のすぐ近くに小さな市場がある。仕事の関係で城の食事が食べられない時もあるので、普段から食料はストックしていた。 備えあれば憂いなしとはこの事だ。頬杖をつきながら固めのパンを頬張った。皿を出すことも億劫になってしまった為、テーブルに鍋敷きを置いてフライパンをそのまま持ってくる。あとはグラスに牛乳を注ぎ、ひといきに飲み干した。 「もう食べられないな……」 朝のミッションはクリアということでいいだろう。使ったフライパンをシンクに入れて、覚束ない足取りで寝室へ戻った。 洗い物も片付けも明日でいい。とにかくゆっくり休もう。 一時期は毎日使っていた氷枕を用意し、ベッドに横たわった。首の後ろと脇、あと脚の付け根にも氷嚢を添える。これでだいぶ体温は下がるはずだ。 毎日熱を出す存在に、つきっきりで看病していた頃を思い出す。仕方ないとはいえ連日寝不足だったから辛かった。解放された時には叫びたいぐらいの喜びに支配されたたけど、今思うと懐かしくて、また寂しくもある。 熱に浮かされていると意識が朦朧として、手足が石になってしまったように感じる。上手く動けなくて、とても怖い。 周りに誰もいないと不安でたまらない。それが分かるから、傍であの子の頭を撫でていた。 怖くない。大丈夫、明日には良くなってる……。 この息苦しさがいつまで続くのか、何も分からないことが一番怖いんだ。でも考えなくていい。瞼を伏せて、楽しいことを考えよう。 布団を引っ張るのもやっとだったが、胸元まで掛けてから深く息をついた。 貴重な一日を無駄にしてしまった感がすごいけど、今日は休息日として。明日から王族撲滅の為に頑張ればいい。 鳥の鳴き声が子守唄のように鼓膜に浸透し、ノーデンスは深い眠りについた。 『ノーデンス、これがなにか分かるか?』 灰が、頭上から落ちてきた。 目の中に入りそうになり、擦ろうとした瞬間手を掴まれた。灰がついた手で目元を擦ったら失明するぞと言われ、慌てて首をぶるぶると振った。 目の前には父が佇んでいる。 深夜、冷気が瀰漫する古びた工房。父の仕事場だ。 いつも母が眠りに落ちてから、自分だけ起こされて連れてこられた。きっと今夜も父の武器造りを見せられるんだろう。……できれば早く寝たい。

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