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第6話

『皆時間が経って、大切な人を手に入れて、忘れてしまったんだ。……自分達がされたことを』 巣穴のような鍛冶場の隅っこに立ちながら、いつも父の話を聴いていた。途中から何を言っても反応しなくなるので、独り言に近い。幼い頃は圧倒的に退屈に感じることが多かった。 彼が自分の世界に入ってしまったら、地べたに座り込んで窓の外を眺める。 その夜は一段と星が見えた。ノーデンスは目を眇め、白い息を吐く。 『私の祖父……お前の曾祖父は、王族に殺されたようなものなんだ。一族の中で殺されたのは彼が最後だった。やっと終戦したのに何故まだ武器を造るのか問い続け、王の命令に背いた。そのせいで牢獄に入れられ、すぐに体を壊して亡くなった。あれが見せしめとなり、皆武器を造り続けることに疑問を抱かなくなった』 父はここで珍しく顔を上げた。どうやら自分に向かって話しかけていたみたいま。いつの間にか座ってることを怒られるかと身構えたけど、意外にも優しく頭を撫でられた。 『私も同じだ。自分の命可愛さに、誰かを傷つける武器を今も生み出している。だがお前は特別な力を持って生まれた。お前が一族を救える最後の希望なんだ』 幼かったから、当時はそんな話をされても頭の中で処理できなかった。 ひとつだけ分かることは、曽祖父は武器造りに反対だったということ。ちょっと意外だった。だって親戚はもちろん、父ですらも、普段は武器造りを誇らしげに語っていたから。 父は自慢と罪悪感を同じポケットに仕舞ってるんだ。半分に分けたら両方軽くなるのに、何でだろう。 武器は人を守るものではなく、人の命を奪う為の道具。それを造ることで長い歴史を渡ってきた俺達は……俺達こそが世界で一番悪いやつなんじゃないか、と子ども心に感じた。でもそれは決して口にしちゃいけない気がして、自分の中で消化した。 王様は一族のことを武器を生み出す兵器だと思ってるんだろう。だから武器造りを拒んだ者を罪人とした。 利用したり利用されたり、難しい立場だ。でも俺達はきっと、正しさを突き詰めたらいけない種族なのかもしれない。 今はただ大人しく鉄を打つ。王に従い、武器を造ろう。 でもいつか、誰にも武器を使わせない世界にする。 ───約束する。 「ん……」 「お。起きたか」 暗かった世界が徐々に色を取り戻し、鮮やかになる。 見慣れた寝室のはずだが、息が当たりそうな至近距離に人の顔があった。 「わあ!!」 「おおっ。危ない危ない」 慌てて飛び起きた為、目の前の人物に頭突きするところだった。二重で心臓に悪い。内心舌打ちしながら後ろに下がる。 何だ、この状況は。 「ちょっ……と。いくら陛下でも、人の部屋に侵入するのはどうかと思います」 「ははは、すまんすまん。熱を出したと聞いたから様子を見に来たんだ。知らない間に死なれたら困るだろう?」 やっぱり三重で心臓に悪い。目が覚めたら部屋に国王がいるなんて、普通の人間なら絶叫じゃ済まない。 「ご心配をおかけして申し訳ございません。かなり深く眠ってしまっていたようで」 というのは時計を見なくても分かった。明るかった窓の外が、うっすら濃紺に染まりかけてきている。 「あぁ、良いんだ。いつも休まず働いてるんだから無理をされたら困る。……お前は最近特に気を張ってるようだし」 ローランドはひとつに結いた髪を鬱陶しそうに後ろへ払い、空いてる椅子に腰掛けた。 充分良い家具を与えられているが、国王が使うとなると急にお粗末に感じる。飲み物を出そうにも彼の口に合うものがあるとは思えないし、そもそも警戒して手をつけないだろう。しかしただぼーっとしてるわけにもいかない。 とりあえずキッチンへ向かおうとしたが、裾を引っ張られて立ち止まった。 「病人はじっとしてろ。せっかくだ、夕飯は私が作る」 「夕……えっ!?」 一瞬聞き間違いかと思った。しかし無理やりベッドの上に座らされる。ローランドはキッチンへ入ってしまった。 なにっ……一体何のつもりだ。仕事と関係ないところで恩を売って俺を懐柔しようとしてるのか。 それより妻や親戚を連れて国から出て行ってくれる方がずっと嬉しい。ていうか俺はこれから彼が作った料理を食べなきゃいけないのか。まずい、色んなプレッシャーで気持ち悪くなってきた。

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