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第7話

具合が悪いと言って帰りたい。でも悲しいことにここが家だ。今の俺に逃げ場はない。 後ろからズドンと槍で一刺しする妄想をして、ローランドの背中を眺める。コンロもつかっているし、わりと真面目に料理をしているみたいだ。 しかし彼が料理をする必要なんてこれまでの人生にあっただろうか……もし妻や子どもではなく、自分が第一号だったらいたたまれない。 普段国務に追われる陛下は、家族と和やかに過ごす時間も限られている。そもそもひとりで行動していいのか、ここにいることを護衛や側近は知っているのか……一番に訊かなければいけないことだったが、彼の後ろ姿に鬼気迫るものを感じた為ぐっとこらえた。 幼い頃は遊んだことがある。遊んであげたとも言えるし、遊んでもらったとも言える。但し場所は城の中限定で、監視も大勢いたので最高に居心地が悪かった。 彼だって、一般人として生まれた方が幸せだったんじゃないか。 「よし、できた。私が厳選した薬草を入れた特製粥だ」 「へぇ」 「へぇって。反応薄いにも程があるぞ。素を出してくれるのは嬉しいけど、最低限の礼儀は」 「申し訳ありません。頂きます」 病人に粥という発想が平凡過ぎて生返事をしてしまった。でもわざわざ部屋を訪ね、御自ら作ってくれたことには感謝したい。 粥は野菜や茸がたくさん入っていて、美味しそうな香りが漂っていた。さっきは胃にものを入れる気がしなかったのに、俄然食欲がわいてきた。期待を込めながらスプーンで掬い、口に運ぶ。 「んっ!!」 「どうだ。美味いか?」 あっっっっっっつ。 粥が熱すぎて、美味い不味いの概念に到達できなかった。本気で舌が爛れると思ったし、驚きのあまり持っていたスプーンを床に落としてしまった。それでも吐き出さなかった自分を褒めたい。 「んっぐっごめんなさい、美味し過ぎて……うっ驚いてしまいました」 「大袈裟だなぁ。でも気に入ってくれたなら良かった。まだ鍋に残ってるから全部食べてくれ」 粥は病人相手に大量に作ってはいけない食べ物だ。陛下のことだ、食べきれなかった時の処理が大変なことを知らないな。 「貴重なお時間を俺なんかの為につかってくださり、本当にありがとうございます。しかも手料理まで……この御恩は一生忘れません」 「はは、そんな畏まらなくていい。お前は私にとっては家族同然なんだ。お前といる時だけ、王としての立場を忘れられる。子どもの頃を思い出すからかな……」 「……」 正直大人になるまで色々あり過ぎて、彼との思い出は曖昧だ。どれも断片的で、他人の頭の中を覗いているよう。 でも彼からすれば大切な記憶の一部なのかもしれない。 「俺も、陛下と過ごした時間は宝物のように思っています。これからも変わらずお慕いしておりますので……粥は、後でゆっくり頂きますね」 「いいや。私がいるからと遠慮しないで、今食べればいい」 「いえ。それはやはり、失礼に値しますので」 「熱いうちに食べないと不味いだろう?」 熱いから食べられないんだよ。帰れ。 新手の拷問かと思い始めた頃、部屋のドアをどんどんと叩く音が聞こえた。 「夜分遅く申し訳ありません、ノーデンス様! 陛下はこちらにいらっしゃいますか?」 「ああ、今行く」 ローランドは低い声で答えると、残念そうに腰を浮かした。 「すまない、もう戻らないといけないみたいだ」 「助かった……じゃない、承知いたしました」 精一杯明るく答えると、彼はわずかに微笑んだ。 「片付けもせずに帰ってすまないな」 「とんでもございません。もうすっかり元気になりましたし」 「ふむ……」 ローランドはどこか物憂げな面持ちで、ノーデンスのベッドの上に腰掛けた。 「そういえばさっきから良い香りがするな。花の香りだ」 「あぁ。石鹸だと思います。寝る前に湯浴みをしたので」 それが原因で風邪をひいた、とは口が裂けても言えない。お粥を乗せたトレイを近くのテーブルに起き、軽く咳払いした。 「寂しいと感じることはないのか?」 前髪が持ち上がる。ローランドの指が流れる様に髪を梳き、最終的に頭をぽん、と叩いた。 「……」 深紅の瞳と視線が交わり、思わず息を飲む。 しかしそれは本当に一瞬で、呼吸する前に吹き出した。 「ははは! 寂しいなんて……もうそんな風に感じる歳じゃありませんよ。俺は独りでも大丈夫です」 心の中の空洞。それを隠すようにおどける。ところがローランドは眉を下げ、長いローブを羽織り直した。 「歳をとったから大丈夫……と思ってるならそれは違うぞ、ノース。むしろ歳をとればとるほど、人は孤独に耐えられなくなる生き物なんだ」 ……っ。 どう答えようか迷っている間に彼は歩き出し、ドアの外の衛兵に声を掛けた。距離が広がり、ドアが閉まる。 「それじゃあ、おやすみ」 遠ざかる靴音にほっとしている。 ……笑ってしまう。何で……何に緊張してるんだ。 襟元をぐっと掴み、前に傾く。今まで息苦しかったけど、それに気付いていなかった。深呼吸して、横向きに倒れる。 「お粥食べなきゃな……」 胃袋が完全に動いたわけではないのでげんなりするが、捨てるのは勿体ない。食べ物に罪はないし、もう少し休んだら残りを食べよう。 明日の仕事や、さっき彼に言われたこと。考えなきゃいけないことが色々あるけど、面倒になってしまった。やっぱりもう一回寝よう。 次に起きたら打倒王族計画の見直しと、鍋の粥を温め直す。これが最優先事項だ。

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