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第17話

確かに人の命は儚い。切りつけられたら死ぬし、毒性があるものを食べれば死ぬし、老いる前に病で死ぬこともある。 理想の死を迎えられる者は極わずかだ。ほとんどが納得できない最期を迎える。そんな人達の無念と怨念が集うのが、あの地下─────。 ただひたすらに暗くて、……黒い。 「ランスタッドのベースはこの工場で、要はノーデンス様。少なくとも、この時代はそうですよ」 「……うん」 オッドの真っ直ぐな瞳を受け、思わず顔を逸らした。手に持ったペンを回しながら、慌ただしく動く職人達を眺めた。 ここを攻撃されたら終わる。国は守らないといけない。だが本音を言えば、王族は自分にとっても邪魔な存在だ。……ならテロリストと自分の目的は一致するのでは? 「……っと」 馬鹿なことを考えるな。ファギュラはランスタッドを脅かす危険な集団。王族が滅んだとしても、その後の収束を彼らが必ずできるとは限らない。 街が壊され、死傷者が出れば、元の生活に戻るまで莫大な時間を要する。弱体化したところを攻める国まで現れるかもしれない。 そうなった時自分ひとりの力ではどうしようもない。一国を滅ぼす度胸も再建する力もないから、だからなるべく平和に王族を追い出して、上も下もない平らな国にしたいんだ。かつて一族が助け合って暮らしていたように、貧富の差が生まれない国を。 ここ数年、酷くなる頭痛と耳鳴り。それを押し殺し、紅く染まる空を見上げた。 壊したいと叫ぶ誰かが、自分の中に眠っている。 「今日はこれでお終いにしよう。オッド、悪いけど皆に上がるよう伝えて」 「はい。お疲れ様でした」 鉄を叩く音が鳴り止まない。 靴音と、それに呼応するかのような荒い息。必死に組み立てたパズルをめちゃくちゃに壊してしまいたくなることが、たまにある。 自分の部屋に戻った瞬間、スーツを脱ぎ捨てて床に倒れた。 「んっ……ふっ、ううぅ……」 頭が痛い。なのに下半身が疼く。身体の火照りを少しでも抑えたくて、這いずるように浴室へ向かった。 冷たいシャワーを頭から被ってもこの熱はひかなかった。床に座ったまま、水溜まりが広がるさまを呆然と眺める。 このままじゃまた風邪をひくから水を止めないと。 そう思って伸ばした手が、何故かレバーではなく下半身に下りた。 最も熱くて耐えられないのは、紛れもなくここだ。一度触れてしまえば理性のストッパーが外れ、無我夢中で擦り上げた。 自分の指で押し潰される、赤い肉の塊。その醜さは毎度絶句してしまうが、最後は快感に打ち砕かれる。 普段堪えている部分が弾けてしまったような昂りだ。達するのも早かった。シャワーチェアに白濁の液体が飛び、ゆっくり下へ伝っていく。卑猥だし、羞恥心でどうにかなりそうだった。 射精すれば少しは冷静になると思ったのに、今度は快感の余波が強過ぎて動けない。 日に日におかしくなってる気がする。 「俺……」 こんな時でも唯一身につけている、左手のシルバーリング。自嘲を抑え、自分を抱き締めるように腕を回した。 じっと縮こまり、呼吸だけ続ける。意識が飲まれる瞬間まで床を打つ水の音を聞いていた。

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