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第16話 胡乱の祭日

過ごしやすい秋が終わりを迎えようとしている。 冬に備え食料の調達や防寒対策で忙しくなるときだ。心なしか、街を歩く人々の顔は険しく見える。 日照時間が変わらないのは良いことだが、ランスタッドも年に数回は雪が降る。子どもくらいしか喜ばないが、ノーデンスは雪を眺めることが密かに楽しみだった。 白が好きだ。鮮やかな景色は確かに気持ちが上がるが、状況次第で疲れてしまうから。 「ノーデンス様。今日はいくつか新規の商談が入ってるのでこちらをお目通しください」 「ああ。ありがとう」 月の半分を武器製造に注ぎ込み、残った時間は通商に勤しむ。朝からオッドに渡された書類を確認し、時間を気にしながら他国の商人と数件取り引きを交わした。 景気も客層も上々。心配事なんて何もないが、 「ところでノーデンス様……最近また、陛下を避けてます?」 「……」 休憩を兼ねた資料チェック中、オッドが不思議そうに首を傾げた。淹れたての珈琲を近くに置いてくれたが、すぐに手をつけることができなかった。手に持った書類に視線を向けたまま、短いため息をつく。 「“また”? またって何だ。俺は国王陛下を避けたことなんてただの一度もない」 「あれっ、そうなんですか? じゃあ今までの違和感は俺の勘違いかな。申し訳ありません」 軽い。申し訳ないと思ってる人間の口調じゃない。 「オッド、お前最近無駄口とミスが多いな。ここの提携先、この前変わったぞ。更新を忘れてる」 「あっ申し訳ありません!」 不備が見られる書類を差し出すと、彼は空いてるスペースにばさっと広げてチェックを始めた。こいつめ、珈琲がこぼれたらどうするつもりだ。取引先がいる時にやったらただじゃおかないぞ。 「よし、できた! さすがノーデンス様、仕事に関することは全て頭に入ってるんですね。俺はもうお祭りのことで頭がいっぱいでしたよ。申し訳ありません」 「祭り? ……あぁあれね……。それよりお前、申し訳ないなんて微塵も思ってないだろ。口先だけの謝罪はやめろ。自分が思ってるよりも簡単に見抜かれてるぞ」 「そんなぁ、本当に申し訳ないと思ってますよ! 申し訳なさ過ぎて、申し上げることが何もないです」 「……うん?」 しばらく無言で見つめ合った。嫌になったのでひとりで城を出た。 オッドと一緒にいると色々馬鹿らしくなる。内ポケットから煙草を取り出し、人気の少ない広場で一服した。 「ふぅ……」 しばらくやめていたけど、環境が変わってからまた吸い始めるようになった。これで落ち着いて、時間が経つとそわそわする。その繰り返しだ。 「お祭りか……」 おめでたい響きだが、別に何ともない。むしろ金持ちの道楽に付き合って仕事を中断することを思えば愚の骨頂だ。 それでもこの国の大多数の人間は祭りを楽しみにしている。一年に一度訪れる、ランスタッドの建国記念日を。 この日は他国の王族や一般市民も招く為、国全体が活気に包まれる。 子ども達は大人が何を祝っているかも知らず、ただいつもより美味しいものが食べられると喜んでいた。 「ノーデンス! いよいよ来週だね」 「ロッタ様」 仕事が終わって城に戻ると、いつもより優美な赤いドレスを纏ったロッタが声を掛けてきた。衣装が違うだけでずっと大人びて見える。 彼女はお付の宮女を連れたまま、裾を持ち上げてみせた。 「祭典の為に作ってもらったの。あ、作ってくれてたらしいよ。まだお父様達には見せてないんだけど……派手だよね。変じゃない?」 「滅相もない。とてもお似合いですよ」 普段ならともかく、今回は他国の目にも触れる正式な場。姫に花がなければ心象も変わってくる。こんなところでも政治の話が引っかかってくるのが歯痒いが、意匠を凝らしたドレスは素直に綺麗だと思った。無論、しっかり化粧をしてもらったロッタも。 「陛下とお妃様にも見せてあげてください。喜ばれますよ」 「そうかな? えへへ、ありがとう!」 ロッタは足早で謁見の間へ向かった。何だかんだで素晴らしいドレスが嬉しいのだろう。こっちまで少し嬉しくなり、相好を崩した。 祭りは子どもが一番喜ぶ行事。街を自由に歩かせてあげられないのは可哀想だ。 密かに思料していると、前から慌ただしい様子の少佐がやってきた。 「あっノーデンス様! お時間よろしいでしょうか。早急にお伝えしたいことがありまして」 「はい。何でしょう」 周りを見渡した後、隣にいた憲兵が耳打ちした。 「今回の祭典に乗じて、ファギュラがランスタッドに入ったようです」 「え……!?」 突如緊迫した空気が流れる。しかしそれはとても短い時間で、 「えーと、ファ……失礼、何ですか?」 「ええーっ! ちょっ……ノーデンス様! 去年ヨキート王国で行われた王妃誕生日祭で、爆弾を仕掛けたテロリスト集団ですよ!」 そう言われてようやく思い出した。いや、当時は確かに衝撃的だったが、その後さらに衝撃的な事態に見舞われ上書きされてしまったのだ。咳払いして誤魔化し、眉間を押さえる。 「失礼、もちろん分かります。……でもあの連中は確か、リーダー格の男を捕らえましたよね? 首謀者がまだいたのか、新たに現れたのか分かりませんが。割り出すのは中々難しいでしょうね。既に入国した者を集め、再審査しますか」 「しかし現時点で一万人以上入国者がいます。日増しにやってきますし、例え人数を規制しても来週の祭典には間に合わないでしょう」 憲兵に確認すると、陛下には既にこのことを伝えたらしい。 「それでも祭典を中止するという選択肢はありませんよね。奴らは王族や皇族を狙ってるでしょうから、まず陛下の安全が第一。次に混乱を招かないよう市民を扇動して、警備を固めましょう」 最悪、警備隊にもこちらが用意した武器を持たせてもいい。ただ争いが起きた時に彼らが使いこなせるか……それは分からない。 ―― 「リーダーを叩くことができれば一番良いけど、爆弾は厄介だ。生憎爆風を防ぐ武器はないからね……これを機に防具服でも造ってみるか? 来週には間に合わないだろうけど」 「もう……。冗談を仰ってる場合じゃありませんよ」 オッドに諌められ、申し訳程度に肩を落とす。建設途中の新たな工場を視察しながら、必要書類にチェックしていった。 祭りは明後日だ。当日は軍隊と警備隊を総動員させ、配置や巡回も徹底させた。王族の儀式は一般市民から見えない場所で執り行い、祭りの時間も大幅に短縮すると決めた。やることはやったし、今も入国者の再審査が続いている。しかし安堵する材料には程遠い。 「爆弾対策っていうのが過去にまるでできてなかった。人の力じゃどうしようもない破壊力……俺が生まれるのがもう少し早かったら、この時代に爆弾にビクビクすることなんてなかったのにな」 「えぇえぇ、ノーデンス様なら良案を出せたでしょうに……でも、貴方も身体は普通の人間なんですから無茶はやめてくださいね。どれだけ鍛えても、人を殺す技術を極めても、銃で撃たれたら死ぬ。肉体は本当に呆気ないものなのですから」

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