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第22話

「……と言うより、また熱が上がってきてるのでは? やっぱり変態薬師の薬が悪かったのかも」 「大丈夫だよ。後あんまり失礼なことを言うんじゃない」 苦笑しながらラジオを止めた。しばらくは事件のことを話し合うのだから、今日はもう頭に情報を入れないようにしよう。 少しの感触だから分からないが、テロ集団は殺戮を目的としているわけじゃない。こちらが話し合いの姿勢を見せれば応じてくれる可能性がある……という、淡い期待を抱くことにする。 明日にでも陛下に全容を伝え、他国が過激な方法をとらないよう忠言してもらう。戦争なんかしてる場合じゃない。自分はさっさと王族を追い出し、ここで静かに暮らしたいんだ。 擦りむいた掌と、頭と、下腹部のあたりがじくじくと疼く。それに気付かないふりをして廊下を歩いていると、見慣れない女性が隣の男性に文句を言っていた。 「どうして迎えが来ないの? こんな危険な場所に一晩泊まれだなんて、怖くてとても眠れないわ」 「申し訳ございません。ゲートが帰国する者で溢れかえって、とても迎えを呼べる状況ではないんです。部屋の外にも護衛を付けますので、どうか御安心を」 見れば階段の先のホールに大勢の人が集まっていた。城の者ではなく、今日の祭典に呼ばれた他国の要人や貴族達だった。 「あのテロの後、入国者がいち早く帰ろうとしたからゲートが大渋滞だったんです。祭典の出席者で帰れた人はひとりもいないと思います」 オッドは後ろから顔を覗かせ、所在なさげに立ち尽くす人達を見てため息をついた。 「今日泊まる部屋は全員用意してるし、審査で問題なければ明日には帰れるんだし、あんな騒がなくてもいいのにね。位の高い方達は不測の事態に慣れてないから赤ん坊同然ですよ」 「誰が赤ん坊だって?」 オッドの言葉を聞き返したのは、いつの間にか後ろに立っていたタキシード姿の青年だった。髭を蓄え、口元に笑みを浮かべている。 胸元につけているブローチの紋章を見てもどこの家か分からなかったが、他国の貴族に違いない。 オッドは「ほあっ」という変な声を上げてあわあわしていた為、仕方なく前へ出た。 「大変申し訳ございません、まだまだ世間知らずの部下でして……。非礼をお許しください」 「ははは、いいんだよ。ただあまりに大きな声だったから反応してしまったんだ。聞かれたのが私で良かったね」 彼は笑いながら手を振り、階段を降りていった。 やはり彼の紋章をどこかで見た気がするが、あとちょっとのところで蹴躓いてしまう。 「あ~、怖かったぁ……ノーデンス様、申し訳ありません! ノーデンス様に頭を下げさせることになってしまって」 「いいよ。お前は思ったことを素直に言うのが最大の欠点で、美点だ」 近くの大柱に寄りかかり、ノーデンスは腕を組んだ。 「ここにいる客人は貴族から王族までいる。関わりがない相手は位も分からないから基本は腰を低くしろ。他国の人間からすれば俺らはただの商人だし、軽侮に値する態度は間違ってもとるな。いいな?」 「承知しました」 オッドは真剣な面持ちで頷いた。ここで客人となにかあれば、国内の揉め事では済まなくなる。先程の失言も既に大問題だが、大事にならないよう祈るしかない。 広間は未だ不満を訴える者達で溢れている。確かに再び爆発が起こらない保証はないので、恐ろしい気持ちは分かる。 しかしそれに対応している文官達が気の毒だ。 「……大体、ローランド陛下はテロリストがこの国に潜入してる可能性があるとご存知だったのでしょう? 祭典を敢行するのは結構だが、出席する我々に何も伝えなかったのはあまりに不誠実、無責任では? 帰国したら、このことについても報告させていただきます」 「それは……仰る通り、お詫びのしようもございません。今回のテロについては情報も確証もなく、皆様を混乱させてはいけないと案じた為お知らせしてませんでした。ですが結果としてこのような危険な場にお呼びしてしまった。誠に申し訳ございません」 文官の中でも中核の人物が頭を下げたことで、抗議の声は小さくなった。 空気が緩和したのは良かったが、広間に集まっていた王侯貴族が一斉に解散し、中央階段を上がり始めた。このままではこちらに向かってくる為、慌ててオッドの襟を掴み端へ移動する。 その時、強い視線を感じた。 「……?」 人混みの方に向いたものの、こちらを見る者はひとりもおらず、列を守って上の階へのぼっている。 気のせいか。脱力して後ろに数歩下がった途端、誰かにぶつかってしまった。 「すみませ……」 「や。まだいたんだ」 聞き覚えのある声にはっとする。見れば先程のタキシードの男性だった。何故か今度はノーデンスの手首を掴み、暗い笑みを浮かべている。 「実はさっき会った時から気になってたんだ。貴族かと思ったけど、胸飾りを何もつけてないから」 「軍用兵器の製造と通商を担当しています。度々申し訳ありませんでした、では……」 さりげなく立ち去ろうとしたが、腕を掴む力は弱まる気配がない。 「ランスタッドにこんな美人がいると知ってたら一番に会いに行ったよ。ちょっと話さないか? 俺も軍需産業国家のアラナド国から来たんだ」 「あ。あの、申し訳ありませんがノーデンス様には……」 「オッド」 後ろで待機していたオッドが青い顔で前へ出た為、間髪入れずに制した。 「ノーデンスって言うのか。なぁ、どこか良い店に案内してくれないか。この国も初めて来たから観光がしたいんだ。さすがにもうテロは起きないだろ」 「ご観光でしたら、明日案内人を手配します。残念ですが、私は仕事ですので」 もう片方の手で、彼の肘に指を添えた。ただ触れたのではなく、神力を応用した微弱の電流を流した。さほど大きくない振動にも驚き、彼は後方の手摺に背中を打ち付けてしまった。 「いてぇっ! 今のは何だ?」 「貴方の国には不思議な力を使う人はいないんですか?」 彼の出身国に詳しくない為、あえて曖昧な言い方をした。すると男性はハッとして、険しい顔つきで踵を鳴らした。 「ああ、アンタあの異常者のひとりか。驚いたな……俺はテロより爆弾より、アンタ達の存在の方が怖いけどな」 「ちょっと、その言い方は……」 「オッド、いいから行くぞ」 相手にするだけ時間の無駄だ。ちくちくと刺すような痛みを堪えながら踵を返した。 また熱くなっている。オッドを宥めるようで、実は自分の方が興奮していたのかもしれない。 背筋に走る悪寒と、内腿に纏わる熱感。次第に呼吸が乱れ、立っているのがやっとの状態となった。 一刻も早くここから立ち去らないといけない。 男の横を通り過ぎようとした、その直後に強い目眩に襲われた。 「あ……」 バランスを崩して後ろに傾く。階段があったことを思い出したのは、嫌な浮遊感に陥ってからだった。 やばい。 痛みと衝撃を覚悟して瞼を伏せる。しかし衝撃どころか、柔らかいなにかに優しく抱き込まれた。 何……いや、……誰だ? 頭上に見える影を確かめようと目を細める。ところが抗いようのない眠気に襲われ、視界は真っ暗になった。 「ノーデンス様!! って……あ、貴方……」 オッドは慌てて駆け寄ろうとしたが、言葉を失って立ち尽くした。 階段から落下しそうになったノーデンスを抱え、ひとりの青年が床に膝をついた。 「熱を出してる」 自身の膝に頭を乗せ、彼の前髪をそっと持ち上げる。額に触れる手は雪のように白く、薬指には銀色に輝く指輪がはめられていた。 「ルネ様!」 「ルネ? アンタまさかヨキートの第二王子か」 オッドを含め、男が驚いて青年を注視する。その視線に構うことなく、彼はバイオレットの髪を揺らして低く屈んだ。 距離が縮まり、彼の前髪がノーデンスの額にかかる。徐に顔を覗き込んだ後、彼は深い口付けをした。 「なっ……!」 突然のことに男は絶句した。何より口付けは一瞬ではなく、長いこと続いたからだ。時が止まってしまったと錯覚するほど長い時間、彼は微動だにせず、意識を失ったノーデンスに触れていた。 ようやく離れた頃には凄まじい倦怠感を覚え、肩を落とした。 「何なんだアンタ、知らない男にいきなりキスなんかして……しかもそいつはこの国の武器屋だぞ。俺は別に怖くもないが、怒らせたら命も危ない。殺されるぞ」 「あはは、心配はいりませんよ。何百回何千回と怒らせていますし」 彼は端然と床に座り、再びノーデンスの膝枕となった。ずっと昔のことを思量するように天井を見上げ、優しく笑ってみせた。 「何も問題ありません。私の妻ですから」

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