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第50話

「誘うの上手になったね」 強引に組み敷きながら舌なめずりする。 ノーデンスに覆い被さりながら、ルネは長い睫毛を揺らした。 毎晩発情期の名は伊達じゃない……ノーデンスが顔を引き攣らせていると、ルネは耳朶に顔を近付け、甘噛みした。 「やっ!」 「君の言う通り、今日は“そういうこと”はしないよ。だからちょっと頂くだけ」 「頂くって……」 酷い表現だ。日に日に変態じみていく夫にため息が出る。 ルネの甘噛みは首筋から胸にまで及び、それなりに長く続いた。小さな痛みも長々やられると辛いものがあり、眉を寄せて訴えた。 「も、もういいだろ!」 「うん。ありがとう、もう満足」 オウム返しするルネの胸を推し、上体を起こす。その際、鏡に映った自身の姿に絶句した。 「お前ぇ……! ふっさげんなよ、キスマークだらけじゃねえか!!」 「ごめんごめん」 わずかな灯りを頼りに見ると、首元に赤い跡がいくつかついていた。久しぶりに何とも言えない怒りが脳天まで込み上げる。 「たまにはこういう束縛激しいプレイも良いね~」 「楽しんでんのはお前だけだっつーの!」 明日は襟元をしっかり隠さないと、レノアに突っ込まれてしまう。 ぶつぶつ文句を言っていると、不意にルネが身を乗り出してきた。 「ところで、彼……レノア君って、なにか訳あり?」 「へっ」 何だこいつ……読心術でも会得したのか? レノアのことを想起してる時に彼の名を出され、露骨に動揺した。それをルネは訳ありと勘違いしたらしく、深刻そうに隣に座る。 「小国とはいえあんな若さでひとり航海してくるなんてちょっと不可解だし、やっぱり何か事情があるんだね? 私達が力を貸してあげられることはないかな?」 「いや、俺も詳しくは知らないよ。ただ数日はここで仕事するって言ってたから、泊まらせるだけでも良いんじゃないか? あと輩に狙われるのと、国の外交官になってるのはお前と同じで特別な力があるからだよ」 「えっ……私と同じ?」 ルネは驚いた顔で叫んだ。 「言ってなかったっけ? レノアも生まれながらに治癒能力があるんだよ。だから国で大事にされてないなら、むしろ厄介払いされてる可能性があるな。出先で人買いに狙われたり、事件に巻き込まれても構わない。なんて思われ痛ああっ!!」 まだ喋ってる途中だと言うのに、容赦ない手刀をくらい床に伏した。 「何すんだ! 家庭内暴力で訴えるぞ!」 「もしそうなら、もっと危険な国に行かされる。ランスタッドは治安が良いし、純粋に外交の為だと思う」 手刀については一切触れず、ルネは腕を組んだ。 「あの子、私と同じ瞳の色をしていたね。だから親近感があったのかも」 「あ? あぁ……」 そういえば、ルネもレノアも黄金色の瞳をしている。人種はまるで違うはずだが、治癒能力を宿す者の特徴なのだろうか。 「……もしかしたら関係あるのかもな。で、だ。お前と同じ力も持ってるから尚さら放っておけなくて、連れて帰ってきた感じさ」 「そっか。過度に物騒な言い回しをしたのは、あの子が心配だから……。私は安心したよ。やっぱりノースは優しいね! 偉い偉い!」 「おい、もうそういうおべっかは通用しねえぞ。何でも最後に煽てりゃいいと思ってるなら」 「じゃあ彼が帰国する日までは、なるべく傍で警護してあげよう。この力は訓練していないと無闇矢鱈に使ってはいけないしね。ノース、明日から一緒に頑張ろう」 こちらの話を華麗にスルーし、彼は寝室へ向かってしまった。 「勝手に話を進めるな!! 俺は明日明後日は王城へ行くんだよ!」 「そっか……大事な仕事なの?」 「大事じゃない仕事なんて存在しない。温室育ちの王子様にはお仕事の大事さが分からないんだろうけどな」 「うーむ。私も悪かったけど、そういう言い方は……」 新たな戦火が広がろうとしていた……その時、部屋の扉から物音が聞こえ、二人同時に振り返る。 そこには、気まずそうに扉から顔を出してるレノアがいた。 「ご、ごめんなさい……! 大きな声が聞こえた気がしたので、つい気になって……」 「あああ、起こしてごめん! ちょっと趣味について語り合ってたら興奮しちゃって……レノア君、温かいものでも飲む?」 ルネのフォローは相変わらず巧みだ。手際良くホットドリンクを作り、レノアに渡した。 「ありがとうございます」 彼は優しげな笑顔を浮かべた。 こんな少年がひとりで戦っていると思うと……確かに、何とも言えない気持ちになる。 「レノア。さっきの話どこから聞いてたか知らないけど、ルネはお前と同じ力があるんだ。積極的に他人の傷を治して、診療所も開いてる。もし訊きたいことがあるなら国に帰る前に訊いておきな」 「ちょっと、ノース……!」 「え! ルネさんがそうなんですか!?」 狼狽えるルネとは対照的に、レノアは嬉しそうに振り返った。 「すごい……! 僕と同じ力を持つ人と会ったの初めてで、感動してます。でも僕は、本当に軽い怪我しか治せないんですけど」 「私もだよ。レノア君と会えて、すごく嬉しい」 レノアの目があまりにもまっすぐなせいか、ルネは少し照れながら、答えた。 「この力は極めようと思えばどこまでも可能性があるんだ。おかげで私は患者さんの身体に触れれば、どこに疾患があるか訊かなくても分かるようになった……まぁ体力がないから、力を使うとすぐにバテちゃうんだ」 「でも、そんなことができるなんて……ルネさんはお医者さんと一緒ですね!」 病因が分かっても、それを完治できるかどうかは別の話だ。それが分かるから、ルネと顔を見合わせて苦笑した。 「誰かの為に使うことは良いことだと思う。でもそれだけ消耗も激しいから、レノア君は無理しちゃ駄目だよ」 「はい……でも僕の国は医療が遅れてるから、できることならこの力を使いこなしたいです」 切実な願いなのだろう。レノアは右腕につけたブレスレットをぎゅっと握り締め、俯いた。 「ところで、その腕輪綺麗だな。青い……石でできてるのか?」 実は会った時から気付いていたが、レノアが大事そうに押さえている為指さした。 「あぁ、これはさっきノースさんが男の人達から守ってくれた腕輪です。僕の一族で伝わる宝で、亡くなった父の形見でもあるんです」 「そんな大事な物奪われちゃたまんないな。間に合って良かったよ」 「はい!」 レノアの腕輪はキャシオでのみ採れる鉱物でできているらしい。採れた時は眩い輝きを放つが、時間と共に光沢を失くす。するとまた新たに作り、次の代に繋げるという。 「……そういえばランスタッドにも鉱物がたくさん採れる山があるぞ。アクセサリーに使えるものもあるかもしれないから、ルネと明日行ってみるか? 許可はとっておくから」

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