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第49話

レノアと一緒に家へ戻るとテラスの扉は開放されていた。中は美味しそうな香りが漂っている。 埃や花粉をばら撒くなと常々怒られている為、ジャケットを脱いでからキッチンの方へ向かう。そこではルネが食事の支度をしていた。 「ただいま」 「おかえり。随分早くから出掛けてたんだね」 問いかけておきながら特段気にした風でもなく、ルネは食器の準備を始めた。 以前色々訊かれた時に怒ったから気を遣わせてしまってるのかもしれない。少し申し訳なくなり、その場に留まって頷いた。 「あぁ、仕事。メモにも書いたけど、今日は港にコンテナ船が来る日だったから。色々使えそうなもん見繕ってたんだ」 「そっか、お疲れ様。とりあえずご飯にしよ。まだ食べてないでしょ?」 「あぁ……そうだ、あと紹介したい子がいてさ」 手を叩き、ドアの向こうに隠れてる影に手招きする。彼は相変わらず遠慮がちに顔を覗かせた。 「あ、あ、あの……初めまして。突然ごめんなさい」 それまでは料理に集中していたルネだったが、少年が現れたことで慌てて火を止めた。 「びっくりした! ノース、お客様?」 「あぁ。港で拾ったんだ」 「拾った!?」 ルネが露骨に眉間に皺を寄せた為、レノアは間に入って説明した。 「大切な物を人に盗られそうで、困ってたところをノーデンスさんが助けてくださったんです。だから恩人のような方で……」 「あぁ、なるほど……。でも本当? ノースが無理やり言わせてない?」 「言わせてない! 言っとくけど俺は常日頃から街をパトロールして人助けしてるぞ!」 これは事実なので反論したが、ルネは半信半疑の表情で「そっか」と返した。くそ、絶対信じてないな。 これからも勃発しそうないざこざを防ぐ為に、まず俺のイメージ改善をしなければいけない。ルネが思ってるよりはずっと仕事熱心だし、何より優しいのだ。困ってる少年を見たら放っておけないぐらい……。 「レノア君っていうんだ。疲れたでしょう、一緒に朝ごはん食べよう」 「でも、いきなりお邪魔してそこまでお世話になるわけには……」 「いいんだよ、いつも二人じゃ食べきれない量作っちゃうし。ノースが誰かを連れてくることなんて滅多にないからね!」 何も言わず出掛けた上に初対面の少年を連れてきたが、ルネは嬉しそうにレノアに席をすすめた。 でも言われてみると確かに……赤の他人を家に上げるのは珍しいことだ。若いのに独りで頑張ってるところが気に入ったのかもしれない。 「わぁ……すごい、ご馳走ですね!」 できたての料理がテーブルに並んだのを見て、レノアは目を輝かせる。そんな彼にルネは少し誇らしげに器を手渡した。 「せっかくだから色々作ったたよ。さぁ食べて食べて!」 「いただきます!」 腹が減っていたらしく、レノアは差し出された料理をあっという間に完食した。 「ありがとうございます。とても美味しかったです、ルネさん!」 朝食のはずがすっかり昼食になってしまった。 太陽が高い位置で輝くのを眺めながら、三人分のお茶を淹れる。 ルネはリビングのソファに移動し、レノアと向かい合った。 「レノア君は立派だね。私が十六歳の時なんて、大した仕事もせずのんびり暮らしてたよ。良かったら今日はウチに泊まっていかない? 部屋はいっぱいあるし、夜ご飯も用意するよ」 「え。お、お気持ちは嬉しいですけど……」 レノアは眉を下げながら、ノースを一瞥する。また遠慮している様子だったので、洗い物の手を止めて彼らの方へ歩いた。 「宿に行ったら金がかかるし、ルネの言う通り泊まってけばいい。お前はなにかと狙われそうだしな」 外見、立場、能力、あらゆる面で人と違う。自分やルネと似通った部分のある子だ。 レノアは不思議そうな顔をしていたが、推しに弱いらしく、今夜泊まっていくことを了承した。 ◇ 「レノア君、寝た?」 二階の寝室前で佇んでいると、階段の下からルネが見上げていた。声を潜めて、心配そうにこちらを窺っている。 足音を殺して一階に下り、リビング以外は灯りを消した。すっかり夜も濃くなり、外からは虫の声しか聞こえない。 「灯りが消えて物音もしなくなったから、寝たかもな」 「良かった。疲れてるだろうから、熟睡できるといいね」 ルネの目が妖しく光った気がして、さりげなく逃れようとする。けどいち早く腰に手を回され、がっちりホールドされてしまった。 「ちょっと……? まさかそういうことするつもりじゃないよな。二階に健全な少年が寝てるんだぞ」 「そういうこと、って? どういうこと?」 分かってるくせに、ルネは可笑しそうに笑って返すだけだ。 「ちゃんと言葉にしてほしいな。私は鈍感だし」 どの口が言うのか。思わず反論しそうになったが、ムカついたので耳元で囁く。 「エッチ」 いつもより高い声で言ってやった。恥ずかしいけど、ここで照れたら彼の思うツボだ。ちょっと得意げなぐらいでちょうどいいだろう。 わくわくしながら反応を窺っていたが、視界が反転して息を飲んだ。

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