48 / 98

第48話 なかよし夫婦

────今日ばかりは仕方ない。単独行動だ。 眩い朝陽を浴びたノーデンスはいつものスーツに着替え、意気揚々と家を出た。 日の出と同時に家を出る。ルネはまだ夢の中だ。すぐに起きるだろうが、とりあえず無事に家を脱出できれば大成功である。 外出先のメモもテーブルに置いてきたし大丈夫だろう。もしかしたら一緒に行きたいと不満をもらしたかもしれないが、自由に動きたいのでできればひとりできたかった。 今日は他国のコンテナ船が港に停る為、大勢の商人や運搬業が向かう予定だ。荷物の輸送については一切関わりがないものの、目的はちゃんとある。船にはフリーの商人も乗ってきている為、港湾の一角が大きな市場のようになる。そこでは民族や企業が最先端の技術を用いた品々が売られる為、非常に魅惑的だ。まだ市場に出回っていないものや、数に限りのある一点物も安価で買うことができる。情報交換の場としてももってこいだし、商いをする者なら必ず顔を出すべき行事だった。 宝飾品や織物、食料品に工芸品、新しい乗り物まで並んでいる。朝早くから大勢の人が集まり、港は賑々しさがピークに達していた。 外交戦略として武器を出品している者を片っ端から回り、気になる製法の品を購入した。 荷物は近くの店に預け、今度は息抜きとして市場に戻る。その国で何が流行っているのかは前に置かれた品でよく分かる。しかし本当に価値のある物は店主の奥に眠ってあるものだ。 「そのペンは漆で塗られててね。職人が一本ずつ丁寧に作ってるんだよ」 ちょうど書き物をする時のペンが欲しいと思い、文具が並ぶコーナーに立ち寄った。 「力強い筆致で、整った字を書くね。でもこのペンはもう少し先を立てて持つんだ。慣れるまで大変だと思うけど、慣れたら他のペンは使えなくなるよ」 「へぇ……。触り心地も良いですね。これにしようかな」 意匠を凝らした装飾はやはり気に入るものが多い。 買い物の醍醐味は、その品をよく知る人間と話すことだ。 実用的な物を揃えたら指輪や靴といった装飾品に惹かれるのは仕方ない。 ロッタにも言ったことだが、自分がいる世界は第一印象で決まる。見た目はあくまで入り口に過ぎないが、入り口が汚いと客は中まで入ってくれない。だから服や時計は身に付ける武器なのだ。 「お兄さん、そちらのストールとてもお似合いですよ!」 何店目か忘れた頃、蒼い美しい柄のストールを見つけた。生地の触り心地も良く、普段使いに良さそうだ。 「ではこれを。あ、あと……」 「ありがとうございます! あ、もしかして贈り物ですか? ウチは今日来てる中で唯一贈答品の包装もしてまして~。いやぁ~お兄様強運を持ってらっしゃる!」 「はぁ……」 何も言ってないのに何で見抜かれたんだろう。 まぁこのごった返しの市場で贈り物の梱包をしてくれる店なんてまずないし、確かにツイてる。 手提げの紙袋を受け取り、荷物を預けている店まで向かう。 ルネが拗ねてるかもしれないから、これをプレゼントして機嫌をとろう。我ながら名案だ。 大方ほとんどの店は見て回ったし、そろそろ帰るか。 時間を確認しながら人の波を掻き分けた時、妙な騒ぎが聞こえた。客寄せにしては荒々しい為様子を窺う。そこには二人の男と一人の少年がいた。青年と呼ぶにはやや幼い顔立ちで、男達と口論している。 「……だから、これは売り物じゃない。祖母の形見なんです……!」 少年は男達からなにかを隠すように後ろへ手を回した。一瞬光って見えたが、掌におさまる程度のものだろう。 男達も港で働いていそうな風貌だが、もしかしたら酔っているのもかしれない。怒りで興奮しているのとは違い、少々足取りや発音がおかしかった。 騒ぎに気付く者が増える中警備員が駆け付けるのを期待したが、男の一人が手を振り上げた。 目立つ真似はしたくないが仕方ない。距離を詰め、間一髪のところで少年を後ろへ引き寄せる。空振りしてバランスを崩した男は豪快に前へ倒れ、顔を打ったらしく悶絶した。彼のことは気の毒として、少年の方へ向き直る。 「怪我は?」 「だっ……大丈夫です」 大きな瞳で見つめてくる少年は、背丈は自分と変わらないものの思った以上に華奢だった。こんな体格で殴られていたら大怪我をしたかもしれない。 「この野郎!」 ノーデンスを目がけ、もう一人が殴り掛かる。それも咄嗟にかわしたが、服の袖が当たって頬に熱が走った。 男もまだまだ怒りがおさまらない様子の為、体勢を整えて向き直る。 どう落ち着かせようか考えていると、ちょうど人集りの中から二人の警備員が現れた。 「お前達大人しく……って、ノーデンス様じゃないですか!」 ノーデンスに気付いた警備員は、弱々しい少年と相対する男達を見比べて状況を整理した。何となく察してはいたが、男達は少年が商売人だと思って絡んでいたようだ。しかしやり方が強引だった為に警備員達に連れていかれ、厳重注意されることになった。 残るはこちらの少年。怪我はないけど精神面が心配だ。 人混みを抜け、ノーデンスは湾岸まで少年を引っ張った。 「ほら」 「あ、ありがとうございます。助けてくださったことも……!」 その途中で買ったフルーツジュースを渡し、腕を組む。 「名前は?」 「レノアといいます。今日は故郷のキャシオから卸売の相談をしに来たんです」 キャシオはここからずっと南にある小さな国だ。 「若いのにひとりで来たのか。偉いじゃないか」 すると彼は照れ笑いなのか苦笑いなのか分からない反応をし、ハッとしたように固まった。 「あっ……! お、お顔怪我されて……!」 「ん? あぁ、さっきのやつかな。でもどうせすぐ治るよ」 男のパンチをよけるときに頬に掠めたものだろう。少しひりつく赤い頬を手鏡で確認する。 するとレノアは突然距離を縮め、ノーデンスの頬に掌を添えた。 「僕のせいです。すみません、……ちょっとじっとしていてください」 「え?」 何が始まったのか分からず唖然としたが、直後に頬の痛みがおさまった。まさかと思い手鏡で確認すると、さっきまで左頬にあった赤い痕がなくなっている。 ……怪我が治ってる。この子……。 驚きを隠せず、レノアの手を掴んだ。 「君も治癒能力があるのか」 「も、って、まさか貴方も?」 「あぁいや、俺は違うんだけど……今この国に同じ力を持ってる奴は一人しかいないんだ。貴重な力だから驚いた」 訊くと、やはりレノアは故郷でも外交の要を担うひとりだった。この若さで代表として送り出された理由は行く先々で人助けをし、人脈をつくるよう上役に言われたからだという。 「……でもそんなのは正直どうでもよくて、あまり力は使わないようにしていたんです。誰もが知ってるわけじゃないから驚かせてしまうことがあるし、時々命を狙われることもあるから」 彼の言う通り、世の中善人ばかりじゃない。私益の為に利用しようとする悪党が必ず現れる。 空になったジュースを近くのゴミ箱に投げ入れ、家が建つ丘の方へ振り返った。 「そういえば名前を言ってなかったな。俺はノーデンス。もし時間があるなら、今から俺の家に来ないか?」

ともだちにシェアしよう!