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てつやの場合
「よーし、全員乗ったな、じゃあ行くべー」
京介の車、JEEPのcommanderの前でまっさんが人数確認をする。
12月31日早朝。
いつもの仲間たちは、お正月を鳴子温泉で過ごすことになり、全員でお出かけとなった。
いつものメンバーの、まっさん、京介、てつや、文ちゃん…
「お〜い〜、俺置いてくなよ〜」
朝からくたびれたような銀次の声。
「だってお前、『ギンジサンハジブンノクルマデキテネ』って言われてんだろが。こうやってちゃんと、旅行なのにインカムまで準備して…」
まっさんの人形ちゃん仕様の声真似を、すでに乗り込んでいる面々は似てね〜などと囃し立てていたが、銀次は必死だ
「自分の車出せないから乗せてくれよう」
鳴子温泉は、銀次の彼女玲香ちゃんのお誘いで出かけることとなった。
彼女の家が経営する鳴子にあるホテルの部屋をおさえてくれて、忙しいお正月に招待してくれたのである。行かないては無い。
「どしたんだよ」
インカム無駄じゃねえか、と続けながら仕方なく銀次も車に入れてやる。
「鳴子(あっち)結構雪積もってるらしくてさ、おれスタッドレスもってねーじゃん。そう言ったら『危ないから自分の車で来ちゃダメ』って』
ー俺らはいいのか…ー感が無いこともなかったが、さりげない惚気を聞いたあと、まっさんは助手席に乗り込み、京介運転の車は発進することとなった。
雪の情報は最初から入ってて、だから京介にこの車を出してもらうことになったのだ。
東北道に乗ったらもう、ずっと一直線の旅。途中のSAが楽しみだった。
「そう言えばクリスマスってどうしてた?」
まっさんがナビにホテルの住所を入れながら聞いてくる。
「あ、京介とてつや以外な」
「なんだよ〜聞けよ俺のクリスマスも」
2列目席からてつやの抗議。
「だって想像つくもんよ…おまえらのクリスマスなんて」
ナビのボタンをピッピピッピ押しながらちょっと苛立ち?
「ふふん、お前の想像なんてたかが知れてるね。俺のクリスマスはちょっと違うんだぜ」
てつやは得意そうにそんなこと言って、シートに反り変える。
「ほほう、じゃあ何があったか聞かせろよ」
さりげなく京介を見てみると、ちょっとバツが悪そうな顔をしているような気がした。ーあれ、一緒じゃなかったんかなーまっさんはそう思いながら、てつやの話を聞くことにした。
「は?土日も仕事?」
クリスマスイブを日曜に控えた木曜日。
京介からそんな連絡を受けたてつやは、まあ落ち込むということはなかったが何の予定も入れていない日曜日。どうしようかな、とは思った。
幸いなことに土曜は予定が入っていた。京介は行けなくなったが、人形ちゃんが銀次に会いに来ることになってて、ランチをともにすることになっているのだ。
ともあれ仕事じゃ仕方ないし、そんなことで怒るようなてつやでもない。
ましてクリスマスが一人だからと切なくなるような性格でもないのだ。しかし今年は何だか浮かれてしまって、ケーキの予約とプレゼントなども用意してしまっていた。
『プレゼントはいずれにしろ、ケーキどうすべ』
てつやは考えた。今年一番と言えるほど考えた。そこで思いつく。
『管理人のばあちゃんと過ごそう』
キュピーン!と頭の中で音がして、俺ってナイスアイデアマン〜とか独り言を言いながら、日曜の予定が決まったことに安堵してジムに行く準備を始めた。
実際管理人のばあちゃんとは話すことがいっぱいあって、年内に語り合いたいなとは思っていたから渡りに船だったのだ。
そして日曜日の夕方。
昼頃に話を通しておいたてつやは、ケーキとスーパーで買ったオードブルを持って管理人室へ向かった。
「ばーちゃん〜メリクリ〜」
勝手知ったるというか、15の頃からお世話になってもう10年。すでにここも自分の家。
管理人の井上ばあちゃんは表で小さな駄菓子屋もやってて、てつややまっさん銀次も小さい頃よくきていてだいぶ顔馴染み。15歳のてつやを受け入れてくれたのも、そんな事情もあったかも知れない。
「はいよ、メリクリ」
ばあちゃんとはいうが、このばあちゃんは昔はかなり美形だった名残がある人で、今もショートカットの髪を毎日きちんと手入れしているし、身支度も綺麗で見た目はばあちゃんと呼ぶには失礼かなと思う容姿をしてはいるが、喋ると完全におばあちゃんだった。
「お…すげえ!ご馳走じゃん」
入り込んだ居間には、いつもより大きめなテーブルが用意されていて、その上に肉じゃがや筑前煮、エビやイカの天ぷら等和食オールスターズ
「なんだい、オードブルなんぞ持ってきて作り甲斐の無い」
「まあそう言うなって、俺全部喰えっから」
ケーキをとりあえずエアコンが届かない場所において、てつやはテーブルについた
「うはあぁ〜まじうまそ。もう食っていい?」
「酒も飲まんのか?」
グラスと冷酒を抱えてきた井上婆(ばあ)は、呆れたようにすでに筑前煮のレンコンを口に入れているてつやの前にグラスをおき、そこへ冷酒を注いだ。
「ゆっくり食べな。まだいっぱいあるから」
孫を見るような目でてつやをみて、井上婆も自分に手酌で酒を注ぐ。
「懐かしいな、この筑前煮。俺がここきた当初、ばあちゃんこれよく作って食わせてくれたよな」
「あんな背だけひょろひょろと伸びたもやしみたいなお前を見かねたんでね」
冷酒をクイっといって、また手酌。
「栄養っていうものを知らないのかっていう身体つきだったな」
あの頃は、まっさんや銀次の家、京介の家と時々厄介になってはいたが、そうそう毎日というわけにもいかず、そのほかの日はお金もなくてカップ麺や菓子パン一個とかの生活が続いていたのだ。
「ばあちゃんの筑前煮さあ、俺冷蔵庫保管で1週間は食ってたよ」
「1週間?それはまた頑張ったな。1食分しか渡してなかったのにいくらでもおかわりやったのに」
「美味かったから、無くなるのが惜しかったんだよ」
てつやもお酒をクイっと行った後、今度はばあちゃんにお酌してやる。
「いい男に注がれる酒は美味いな」
「ほんとにそう思ってる?」
自分に注ぎながらそういうてつやに
「思ってない、お前達は私にとって永遠のクソガキだからな」
「うっわ、憎らしいババアだな」
そう言ってゲラゲラ笑い、ばあちゃんと偽孫のクリスマス会が始まった。
そんな感じで懐かしい話をしながら食事をし、てつやも手伝って後片付けをした後、ケーキを取り出した。
「もうあたしゃ食えんわ。お前食べる気か?」
「何言ってんだよ。女性はデザートは別腹だろ?」
「『女性』なんていう言い方も覚えたんだな、しかし私はもう『女性』じゃないぞ」
「じゃあなんなんだよ」
「ババアじゃ」
間違いない と爆笑してケーキに入れた包丁がよれてしまった。
「ああ〜笑かすから〜」
と笑いながらいって、あとは適当に切ったケーキを各々のお皿に盛り分けた。
その間用意してくれたお茶は緑茶。どこまでも曲げない婆ちゃんだ。
「てつや…」
ケーキのクリームをちょいちょい刺しながら舐めるという、食べる気のなさそうなばあちゃんが、不意に神妙な声でてつやを呼ぶ。
「んー?」
返事はこうだが、声音は神妙にてつやも聞き返した。
「ありがとうな」
「えー?なんだよ急に」
最初に配分したケーキを食べ終わらせ、おかわりを皿に盛りながらてつやは心配そうな顔をする。
「年寄りが神妙に話す時っておっかねえよ。なんだよ」
そんな言葉にもばあちゃんはフッと笑い、
「このアパートのこと考えてくれてありがとうってことだよ」
ーああ、そのことかー
とてつやは緑茶を一口。
てつやはこのアパートを買取り、新しくマンションを建て、ばあちゃんをそのマンションの管理人に据えようとしているのだ。
「ん、ただ住んでただけじゃそこまで考えないと思うけど…世話になったし…世話になりすぎたし…やっぱ俺がばあちゃんを最期まで見ないとなって思ってさ」
ばあちゃんには子供がいなかった。
旦那さんとこのアパートを建て、子供が好きだと言うことから駄菓子屋を一角で開く。
近所の子供達は、『イノウエ』と呼んで、駄菓子屋を愛してくれた。その中に、小学生のころは3人、中学からは4人の悪ガキがいたのだ。
その一人が目の前にいる。
「アパートを買い取るだけの方が楽だったろうに」
「それじゃばあちゃんがもっと歳とってから苦労しそうだったからな。老人ホームってバカ高えのな」
実際てつやはこのアパートの査定もきちんと出してもらい、それに基づいて近所の老人ホームの価格、設備等も調べ上げ、それで出した結論だった。
「ばあちゃんみたいに元気な人が入るところほど高えんだよ。住居費だけで年間300万。その他にかかるのが人にもよるけど年間120万くらい。このアパート売った金じゃばあちゃんが一番お世話になりたい年齢(とし)になった時に施設追い出されちまう計算だったんだ」
「長く生きないかもだぞ?」
「そんなんは誰でもじゃね?俺らだって事故とかそういうリスクはあるんだし。平均寿命で換算するとそんな感じだったんだよ。おれはばあちゃん放り出せないからさ」
言ってる間に3回目のおかわり。
「私のことまで考えてくれたのも感謝しきれないんだが、爺さんから受け継いだ店とアパートさ…私がどうにかなってから知らない人に買われなくてよかったと…お前に心から感謝してる」
ケーキを食べる手が止まってしまった。
「な…なんだよしんみりすんなよ〜…お、お茶おかわり!」
ちょっと泣きそうになってしまって、お茶のおかわりで誤魔化してみる。
ばあちゃんは急須にポットからお湯を入れながら
「あー湿っぽくしちゃったね。でも感謝はちゃんと伝えないとって思ったんだよ」
トポトポといい音を立てて、湯呑みにお茶を注いでくれた。
「うん…じいちゃんと苦労して建てたって言ってたもんな」
小学生の頃はじいちゃんが日曜とかに店番をしていたのは覚えてる。
しかしいつの間にか、じいちゃんを見なくなった。まだ子供だったてつやたちには、じいちゃんが亡くなったという話は聞こえてこなかったのだ。
15歳の時このアパートに世話になることは、まっさんと銀次の母親たちが決めてくれた。
初期費用の敷金礼金は二人が払うと言ってくれたのだが、ばあちゃんが事情を知っていらないと言ってくれ、てつやは高校生でもできるバイトで家賃を払うと言うことになったのだ。
その時に初めて、じいちゃんが亡くなっていたことを知った。
なんだかんだとケーキは四分の三がてつやのお腹に収まって、てつやはお茶で最後の一口を流し込む。
「で、解体はいつになりそうなんだ?」
鼻を啜りながら、ばあちゃんは気丈に話し始めた。
「業者の連絡待ちなんだけど、2月頃になりそうかなってさ。ばあちゃんの一時引越しは、俺らやるからさのんびりしててよ。約一年弱くらい慣れない場所で暮らさせちゃうけど、悪いね」
ばあちゃんは、てつやが持っているもう一つのマンションの一室に一時入ってもらう予定である。
「なに、長い人生のたった一年なんてすぐだよ」
お茶を啜っていつものポーカーフェイスに戻ってきた。
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