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1.ムスコの推し

彼はその手に持つ銀色の小袋をじっと見つめた後、静かにその封を切った。 既に開かれた同じものを持つ他三人が、固唾を飲んでそれを見守っている。 小袋から出てきたのは、背面がキラキラと光るカードだった。 そして表面を確認するや否や、彼はカードを見せつけるように顔の横に掲げ、満面の笑みを見せた。 「うおお、翔ちゃん、マジか!」 それを見た三人が雄叫びにも近い歓喜の声を上げる。 騒がしい店内が一瞬静まり、視線が彼らに集まった。 「…お前ら、声がでけえよ」 翔と呼ばれた彼は、頬を赤らめながら言う。 そして店内の喧騒が再び戻ったのを見計らい、声を潜め話を続ける。 「いや、でもさあ、激レアじゃん、それ」 「そうそう、SNSでもまだ上げてるヤツ1人しか見たことねえよ」 「公式のフェイクかと思ってたわ、俺」 「マジでレイレイの現役魔女っ娘絵なん? あーにゃんと間違ってねえ?」 「間違えてねえよ、書いてあるし」 「うん、マジだった」 「とりあえずアレだ、翔ちゃんすぐしまったほうがいい」 「確かに、追い剥ぎに遭ってもおかしくない」 「そんなに?」 「そんなにだよ、ここどこだと思ってんの」 「魔法少女ミコミコのコラボカフェだろ」 「そう!絶対喉から手が出るほどそれほしいやつゴロゴロいるって」 「いやでも所詮カードだぞ」 「翔ちゃん相変わらず危機感全然ねえな〜」 「…?」 「最初翔ちゃんがミコミコから鞍替えしてママの方、しかも現役時代推しって言った時絶対ムリだろと思ったけど、マジで当ててくるとか」 「そうそう、無欲の勝利ってやつ?」 「それともビギナーズラック? って、ホントに全然自覚ないし」 「??」 「まあ、それが翔ちゃんらしくていいよ。 推しが当たって良かったな!」 さて、コラボカフェ特典開封の儀が終わればあとは食事だ。 翔の推し、レイレイの得意料理だというハンバーグは、可愛らしいハート形をしていた。 「で、こっからどうする?」 半分ほど食事を平らげたところで、翔の友人の一人、山内が言う。 「あっちのファミレス行こうぜ、コラボしてんだよ、今」 「三浦、まだ食うのかよ」 そこですっと手を上げたのが、中井だ。 「アキバ行きたい、オレ。 推しの薄い本買いたい」 「うーん、翔はどっか行きたいとこある?」 「あー…」 最後に問われた翔は歯切れ悪くそう返すと、頭をかいた。 「ごめん、実は今日、午後用事が入ってさ…。 ここ済んだら帰る」 「えー!」 「なんだよ、早く言えよ」 「ホントごめん」 「バイト?」 「や…うーん…。 ま、お前らならいいか。 親父が再婚することになってさ。 で、その相手と顔合わせなんだよ、これから」 「えっ、花吹先生が?」 声を上げて驚いたのは、山内だった。 「あれ、親父知ってんの? って、あぁ、お前、南中か」 「俺と中井がな。 中井は元担任だったよな?」 「ああ、女子に甘く男子にはめちゃくちゃ厳しい国語の花吹先生な」 「うっ、それはあんまり聞きたくなかったし、なんか申し訳ない」 「まあ南中はなぜか男子が荒れがちだからわからんでもないけどさ。 あと、女子にかなり人気あるから、結婚指輪なんてして登校したら、すげー騒ぎになりそうだな」 「そもそも花吹先生、あの若さで息子のお前が同級ってのもビックリしたし。 相当若いよな、お前が生まれた時」 「うん、まあ…16歳の時の子供だとは聞いてるけど…」 「そう、それがまた信じらんないんだよな」 「そうか?結構色んな先生とも噂になってたし、俺は逆に納得したけど」 「まあ、花吹先生がモテるのは事実だよな。 息子と違って」 「うるせーな。 てか、親父が色んな先生と? 知らないんだけど…」 「はは、いちいち息子に彼女の話なんかしないだろ。 で、翔ちゃんは相手がどんな人か聞いてんの?」 「いや、全然…」 「これはレイレイみたいなバブみ半端ないママ来ちゃう?」 「や、逆にミコミコタイプだったりして。 しかも元生徒だったりして」 「いや流石の花吹先生もそれはないだろ、中学だぞ。事案だし炎上案件だぞ」 「親父、そんなに職場でやらかしてんのか……。 なんか顔合わせ怖くなってきたな」 「あはは、俺等は面白くなってきた。 レポ待ってるぜ」 「するかよ」 「しろよ、新しいママの写真付き。 それで午後ドタキャンは勘弁してやるよ」 「ええ、絶対無理」 青ざめる翔の背中を山内がバシバシと叩く。 翔はそれを受け止めながら、深くため息をついた。 食事を終え、翔は三人と別れ一人駅へと向かう。 途中、グループラインが鳴る。 メッセージは三人からだった。 "元気そうで良かった" "最初はその茶髪、高校の時と違いすぎてビックリしたけどな" "ま、見た目変わっても翔ちゃんは翔ちゃんで安心した" なんだよそれ。 翔はふっと吹き出し返事をする。 "髪はバイト先の先輩にやられたんだよ。 お前らも元気そうでよかった。またな" と、すぐにまた返信が来た。 "新しいママとの顔合わせレポに期待" しねえし、という気持ちを込めて"NG"のスタンプを返し、翔はスマフォを尻ポケットに押し込む。 そして、気のおけない高校時代の友達との別れを少し惜しく思いながら、帰路を急いだ。

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