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2.ママとの顔合わせ①

「けいちゃん、こっちはどうかしら、おかしくない?」 「ああ、玲はいつも可愛いよ」 「……」 「わ、びっくりした! ふくれっ面もマジで可愛いな」 「もー! けいちゃん、さっきから"かわいい"ばっかり。 玲、わかんないよ」 「だから、その白いワンピースも、さっきの水色のシャツワンピースも、どちらでも可愛いよ。 強いて言うならさっきの方が翔好みな気がするけど」 「はやくゆってよ、きがえてくる…」 「ちなみに俺は今の方が好きかな」 「もお…じゃあこっちにする…」 玲は頬を赤らめると、"けいちゃん"の横に腰をおろした。 ここは花吹家のリビングルームだ。 そして、けいちゃんと呼ばれた青年は、花吹 圭介という。 少し年季の入った灰色のソファーが、僅かに軋んだ音を立てた。 圭介が、玲の肩を引き寄せたからだ。 玲は圭介に引き寄せられるままその肩に頭を預けた後、顔をあげた。 その青い瞳に、圭介の姿が映る。 圭介はそんな玲の額に一つキスを落とすと、にっこりと笑んだ。 途端、玲は頬を赤く染めて、恥ずかしそうに目をそらす。 そんな玲が可愛くてたまらない圭介は、次にその白い左手の甲に口づけて、薬指に輝くリングを指先でくるくると撫でた。 「けいちゃん、だめ…」 「ああ、わかってるよ。 けどさ、やっぱり綺麗だなと思ってさ。 ダイヤも、プラチナも、君の肌によく馴染むよね」 「……」 玲はそれでも嫌だとばかりに無理やり圭介の指を退かし、大切そうに指輪を右手で覆う。 圭介は目を細めてそれを見た後、玲の頭をくしゃりと撫でた。 「ちょっ、かみ、だめ」 「今日の玲はダメばっかりだなあ」 「きょうはイチバンかわいくないとダメなの!」 「だから、いつでも玲は一番可愛いよ」 「もお、ダメ!」 「全く、ダメばっかりなお口はこうだ」 「えっ…?ん、ん、んむっ」 突然の甘いキス。 玲は圭介の胸を押し返して身を捩ったが、体格差で抑え込まれてしまう。 そのまま何度も深く口づけられ、玲は嬉しいやら恥ずかしいやらですぐに真っ赤になった。 「…は、ぁ、けぇちゃ、だめ…。 ムスコさん、きちゃう…」 「大丈夫だって、約束の時間より三十分も早いんだ、まだ帰って来やしないよ」 「ん…」 玲は少し不安げに視線をそらした。 そして困ったように考える素振りをした後、再びクイと顎を上げる。 圭介はにんまりと笑み、もう一度玲の柔らかな唇を吸いそれに応えた、その時。 「帰ってきてるけど、とっくに」 突然の低い声と共にリビングのドアが勢いよく開かれたから、圭介と玲は二人は揃って竦み上がったのだった。 その後のリビングの空気は、何というかもう、ただただ地獄だった。 圭介は頭をかきながら、何とかダイニングの対面に座らせた息子、翔を見ている。 "そうだ、こいつは律儀過ぎて、約束の三十分前行動をするヤツだった" ここ数年、息子と待ち合わせなんてしたことがなかった圭介は、そのことをすっかり忘れていた。 "これは…メチャクチャ怒ってるな。 鉄パイプ持っていじめっ子を殴り倒しに小学校に乗り込んだ時よりも怒ってるな、多分" さて、この状態の息子に、どう説明したら穏便に事が進むだろうか。 圭介は思案しながら、口火を切った。 「あのさ、翔」 「なんだよ」 「大事な話があるのだが」 「あぁ、オレも聞きたいことが沢山あるけど、まずはそちらからどうぞ。」 「ああ……」 そして圭介は玲の肩を持ち、努めて明るい笑顔と声で言い放つ。 「ほら、新しいママだよ」 しんと場が静まり返る。 「あれ?ダメ?滑った?」 圭介は小声で玲に問う。 「んん、ばっちりとおもう」 「や、あいつ、なんな俺のことゴミを見るような目で見てないか」 「玲、わかんない」 「わかんないかあ…」 一方、翔はそんな圭介と玲のコソコソ話なんて頭に入らないほど動揺していた。 元々表情筋が死んでいるタイプなので顔にこそ出ていないが、かなり動揺している。 その原因は勿論目の前にいる新しいママとやらだ。 "こいつ、レイレイ(現役魔女っ娘の姿)、そのままじゃねえか!!" 面と向かってみて改めて気づいたが、その子は金髪碧眼、耳の少し下で切り揃えた前下がりボブのストレートヘア。 それは翔の推しであるレイレイの特徴そのままだ。 更に、前髪の左側を一部掬うようにつけられた大きなピンクのハート型をした髪飾りもその特徴と一致している。 ちなみにレイレイはこの髪飾りで魔女っ娘に変身し悪と戦うので、これがあるのはかなりポイントが高い。 "この子、分かってやってんのか? いやでもレイレイの現役時代はまだ公式からキャラデザが発表されたばっかだし…まさか情報追いかけてる?いや見た感じそういうの疎そうだよな…てことは、マジで偶然の一致? ってわそんなことあるか? 2.5次元と言っても過言じゃねえくらいの完成度だし…やばい、見れば見るほどメチャクチャ似ててほんとに可愛……じゃない、そうじゃない、違う" いけない、動揺しすぎて思考がそれてしまった。 落ち着けと己に念じながら翔は左膝を人差し指の先でトントンと叩く。 そうだ、推しの再現度が異常に高い人物が目の前にいることが問題の本筋ではない。 今一番問題なのは、その人物が父の再婚相手としてこの場にいることだ。 翔は色眼鏡を外してその子の様子を確認しようと努めた。 改めて見ると、その子は小さく、表情や仕草がかなりあどけない。 どう見ても、大学生とは思えない。 だとすると高校生か? "もしかして、元生徒だったりして" 翔は、カフェで山内から茶化された言葉を思い出した。 そして同時に悟った。 "これは…マジで山内の言う通りかもしれない" 翔には、母親の記憶が全く無い。 これまでずっと父一人、子一人の二人家族で生きてきた。 そしてこれからも家族は二人だけだと思っていたから、"再婚"という言葉が父から出た時は非常に驚いた。また、かなりショックでもあった。 しかしすぐに翔は、父が決めた相手ならば誰でも受け入れて祝福しようと心に決めた。 若くして親になった彼は、きっと息子である自分を育てるために、自身については多くのことを後回しにしてきただろう。 しかしそんな自分も18歳になった、来年には成人になる。 父の手を煩わせることは、きっともうなくなっていく筈だ。 だからこそ、改めて父に自分の人生を楽しんで欲しいと翔は心から願っていた。 なのに。 それなのに。 連れてきたのが、"これ"か。 「流石に冗談キツイよ、親父」 翔はやっとそう吐き出し、背を丸め頭を抱えた。

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