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3.ママとムスコの顔合わせ②
実は声を掛ける少し前から玄関でその様子を伺っていた翔だ。
その会話から察するに、どうも父の方がこの幼い子に夢中らしいからタチが悪い。
まだ逆だったならば、どんなに良かっただろうか。
「あのぅ」
そこでずっと押し黙って様子を伺っていた台風の目、玲が左手を上げながら口を挟んだ。
「けいちゃんのおよめさんの玲です、よろしくおねがいします」
そしてペコリと頭を下げた後翔を見上げ、朗らかに微笑む。
「えっ、怖っ。
この流れでよくそれ言えるね。
メンタル鋼なの?」
「いいぞ玲、そうやってぶれないのはお前の長所だ。あと笑顔と声が可愛い」
「親父、お前はマジでもう黙ってろ」
父親を威嚇した後、翔は再び玲を見る。
あまり状況がわかっていないのか、翔と目が合うとまたふわりと笑んだ。
その様子を見た翔は、胸の中が急に罪悪感でいっぱいになった。
そうか、親父に騙されてるんだ、この子は。
この位の子はその若さゆえ、年上の男性に惹かれることもあるだろう。
その気持ちをこのクソ親父が欲に溺れて弄んだ。
そうだ、きっとそうに違いない。
翔は咳払いを一つすると、椅子に座り直し改めて玲に向き合った。
それから、努めて穏やかな声で問う。
「ええと、玲…ちゃん?
一応聞くけど、年はいくつ?」
「15!」
それは、翔的には肝が冷える回答だった。
15歳、微妙な年齢だ。
「えっと、もしかして中学生?」
「ううん、ちがうよ。
このまえ、そつぎょうした」
よかった、セーフだ。
どこまでがセーフがもうよくわからないけれど、卒業しているならば、とりあえずはセーフだ。
「親父とどこで知り合ったの?」
「ガッコよ!
けいちゃんは、玲のせんせーよ!」
…そして予想はしていたけど、アウト。
"山内、お前の言った通りになってしまったぞ"
父親が再婚したいと連れてきた相手が15歳の元生徒だったなんて、そんなことがリアル世界であって良いのだろうか。
いやダメだ、多分令和的には二次元でもアウトだ。
翔はすうと一度息を吸い、吐き、そして玲に向かい努めて穏やかに言った。
「今から少し大きな声を出すかもしれないけど、このクズ親父の問題で、君は全然悪くないからね。
耳でも塞いで待ってて」
「はあい」
どうやら玲は素直で良い子のようだ。
翔に言われた通り耳を手で覆い、コクコクと頷いている。
何となく年齢に対して幼い気もするが、顔と仕草がすごく推しのレイレイぽくて可愛いからこの際そんなことはどうでもいい。
悪いのは全て父親だ。
こんなに素直な子を手籠めにした父親だ。
翔は玲に対してとは打って代わり、怒気をはらんだ声で父親に言いつける。
「おい親父、お前ホントに見損なったぞ。
生徒に手を出すとか教職員が一番やっちゃダメなやつだろ。ニュースに出るレベルのやつだぞ」
「いや、翔、まあ落ち着け、な?」
「父親が未成年の元生徒と再婚するとかぬかしてんだぞ、落ち着けるか」
「お前が怒る気持ちはわかる。
そりゃそうだよな、再婚なんていきなり過ぎたよな」
「ポイントがちげーよ!
そもそも何で教え子に手を出したんだって怒ってんの!
…ん?待てよ。
まさかこの子の他にもやってたりしねえよな!?」
「当たり前だろ。
俺だって分別はあるし、そもそも中学生に興味はない。
けどな、玲は違う、特別なんだ。
だから俺はきちんと」
「は?いい年したオッサンが何言ってるんだよ。
フツーに犯罪だし。
その気にさせられてるこの子と、こんな変態教師に大切な子供を拐かされたこの子の親の気持ちも考えろよ」
「翔、だから落ち着けって、俺の話を聞いてくれ」
「どうせ言い訳だろ、聞きたくない。
お前のそばに、この子はおいておけない。
俺は今からこの子を家に送り届けてくる」
「いやそれはやめてくれ。
ともかく、まず落ち着いて…」
刹那、室内に大きな音が響いた。
翔と圭介がその方を見る。
すると机に拳を当て俯いていた玲が、ゆらりと顔を上げた。
そして目を細めながら圭介と翔を交互に見やり
「うるさいんだけど」
と先ほどよりもずっと低い声でそう言った。
それから、圭介の方に握りしめた右手を突き出す。
「あー…、レイ…」
途端圭介は息を吐き、気まずそうに目を泳がせた。
が、レイが催促するように拳を二回揺らすと、その手を優しく取り、握る。
その時翔は、レイが圭介に何かを渡したのが見えたが、それが何なのかまでは分からなかった。
レイは握っていた手を開きひらひらとゆらしながら圭介を見つめた後、にこっと微笑んだ。
そして改めて翔の方を向くと、先ほどとは打って変わって、射抜くような鋭い視線を投げてくる。
まるで刺すようなそれに耐えられずに思わず翔は目を反らしたが、レイは視線はそのまま、頬杖をついた。
それから小首を傾げて、翔に問いかける。
「レイはセンセイがすき。
センセイもレイがすき。
それだけなのに、どうしていけないの?」
「レイ、あのな、翔は」
「センセイには聞いてない」
間に入ろうとする圭介を厳しく往なしてレイは続ける。
「ねえ、どうして?」
翔は、ぎゅっと拳を握った。
何かを言おうと口を開いたが、ふうと息を吐くに留める。
そうして椅子にきちんと座り直し、レイに向き直った。
「君が、子供だからだよ」
畳み掛けるようにレイからの質問が続く。
「こどもだと、どうしてダメなの?」
「正しい判断能力と責任能力がないからだよ。
加えて、それらがないからこそ、大人がきちんと導いてやらないといけない。
だから親が、先生が、子供が間違えた判断をしたらきちんと正しい道に導いて、問題が起きれば代わりに責任を取ることで守るんだ」
「レイがセンセイを好きなのは、まちがいなの?」
「好き、という感情まで否定はしないけど。
ただ、君と父は平然とキスをしていたし、俺の杞憂であればとは思うけど、その先の関係もあるんじゃないの?
だとしたら、それは君が傷つく行為だ。
だから間違いだし、それを君に強いる父が悪いと、俺は言い切れるよ」
レイは目を細め、頬杖を解いた。
代わりに両肘をテーブルに乗せ、翔の方に身を乗り出す。
急に距離を詰められて、一瞬引きかけた翔だが、寸前でこらえた。そうしなければいけないと思った。
眉を上げて、凛とした態度でレイを見下ろす。
レイは翔を見上げながら、ゆっくりと言った。
「レイがセンセイにムリヤリ跨ったとしても?」
「それを退けてダメだよと諭すのが、大人の、教師のあるべき姿だ。悪いのは君じゃない」
「ふうん」
かなりの間を置きレイはそうとだけ返し、ゆらりと離れていく。
刹那、ふわりと花のような甘い香が舞ったが、あどけなさを残すその子には、到底似つかわしくないなと翔は思った。
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