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第2話

あの日の記憶に残る空は、絵に描いた様な青い空と白い雲の夏空だった。 浮かれ浮かれて 夏だ 貴重な十代最後の夏 って、こんなに暑いモノですかい? 一見爽やかな空とは裏腹に、鬱蒼としたぶっ散らかしのモノに埋もれた蒸し暑さ極まりない自分の住むアパート。当時は親のか細い脛を齧って進学して新聞屋さんでバイトしながら奨学金制度を利用していた貧乏苦学生の自分の贅沢は睡眠だった。 ”し あ わ せ” 朝刊配達の後、店の賄い朝食を食べてシャワー浴びて帰宅って繰り返し。 ワンルームのアパートにミニキッチンとユニットバスは有れど、結果的に寝る為に帰宅する場所と化していた。但しエアコンが無かった。 ”あ……ぢぃ……” 日が傾けば西日が差す有様でカーテン何かで余計に熱が籠る。 世の中は今時苦学生何かと笑うが、実際問題何故に国立で、こんな学費高いの?みたいな現実で勉強しながらも働いているってのが不満だったが、敷きっぱなしの万年床で自堕落に寝る時間が至福の瞬間だったし、実家でやり込んでいたTVゲーム何かは殆ど使わなく成っていたが、繋ぎっ放しで放置してリモコンでTVを布団の中から眺めるって日常だ。 そんな生活の中で同じ様な仲間が実は結構いた。 「茹で上がる中で腐りかけの眼鏡男子が一人」 同情するからアイスを買って来てあげたぜ~っと至福の惰眠をぶち壊す訪問者達が現れたのは間もなく、その訪問者は同じ大学に通うが専攻が違うのに嬉しく無い程毎日見掛けるチャラい顔。その後ろに同じ学部で同じサークルの仲間と言うか友達がいた。と、時を間も無くして……。 「新聞店の社長さんから言われて、エアコン取り付け工事に来ましたー」 業者の人間が汗だくに成りながら、自堕落極まりない俺の部屋で工事を手早く終えて試験して確認する迄あっという間の仕事を片付け去っていく。 「どの道もプロは凄いなぁ~」ってボヤいたら、もう一人が「金を稼ぐって、やっぱり凄いんだね」と言う。 「堺も塚原も、俺にとってはもうプロだけどね」 笑いながら彼は呟いた。「俺何かバイトしたってタカが知れてるし、稼いで一人暮らししながら大学に通うなんての先ず無理だから」と自嘲する。 「倉木は仕方ないじゃん、実家暮らしで通える場所住んでるんだし、一人暮らしは贅沢じゃなぁい?」 塚原はそう言うと、倉木の胸を肘で打つ。 大学は世間で言えば夏休み、サークルの仲間の大半が何故か自動車教習所だの帰省だので散ってる状態で、授業が無い空き時間は何故かこの面子で駄弁るのが日常茶飯事に成りつつあるが、塚原の方は俺と倉木以外ともつるんでいたので、実は俺と倉木の二人で過ごす事が多い。 「さてさて、堺の部屋にエアコン入ったし無双でも遊ばせて貰いますわ~」 「バカ、ゲームで徹夜する気かよ」 「君達二人の様に課題何かで頭を痛める夏休みではございません、ゲーセン行けば喧嘩に成るしパチスロ行けば職場の大先輩様に弄られるから此処で暇を潰してあげるのぉ」 ほら、飯も買ってきた感謝汁っとまぁインスタントや菓子を出してTVの前を陣取る。 「俺の布団……」 「座布団も無いんだから踏まれて当然」 「ちょっ、塚原(笑)」 「倉木何か鬼だぜ、さっきから堺の枕を素で踏んでるからな」 「えっ!、あっ……ごめん」 倉木は地元の代議士の倅と言う以外は普通の青年だったし、当然お金持ちだったのは知っているけど、どうもその匂いがしない不思議な雰囲気を漂わせていた。どちらかと言えば地味だ、遊びも大して知らないし、逆に塚原に悪い指導でもされたみたいな絡まれっぷりが面白かった。まぁ話してみれば、本当の飾りっ気無くて素朴で真面目な青年だったと思う。頭も良いけど育ちも当然良いけど、優等生面していないし、逆に控え目で気弱そうだった事が印象に残る。 何処となく中性的で、美人ってのは何とも……。 塚原に関しては頭が良過ぎる素行不良に尽きる。俺の配属された新聞販売店に同期で入りながら、恐ろしく職場に好かれて大学に通う貧乏さん。口は巧いわ手が先に出る。実はヤンキー?(死語)では無いだろうか? 今朝方、ひょっこり迷い込んで来たSNSのトークの相手はその塚原である。 ”子供残して嫁が消えたので帰国でございます” 実に内容も糞だった。海外で仕事をしていたが、急遽帰国して実生活再建にバタバタしている状態で、何でも俺の勤務先の新聞社から近い処に引っ越してきたそうだ。 って、此処は経済産業発展区ですぞ。 普通に暮らしてますって、それは富裕層って事かよ。 ”俺イクメーン( ノД`)シクシク…" 子供の写真をトークに送られてもな……。 "いやいや、それ子持ちのお父さんは普通でございますから" まぁ、塚原の嫁さん(大学の後輩で、同じ職場繋がり)が産後鬱って言うのも知ってはいたが、満怖じして爆発したのかって状態だ。因みに嫁さん職場復帰しとるのだよ塚原君。今日も下の階の生活部で女帝として部下に怒鳴り入れてますよ。 空を眺めて、その青さに見透かされた気分に凹む。 あの時は本当にこの夏と同じ夏だったのだろうか? ふと、空の色は似ていても、多分その日の空と今職場の窓から望む空は別のモノ。その空色が変化して次第に雲が大きく成り色が変わって暗く濁る。 これだけの照り付けに湿気で蒸れた外なら数時間後には荒れるだろうなと、思う空だったりする。 笑顔が怒りに変わるみたいな胸糞悪いざわめきを思い出すが、曲がりにも一応職場でお仕事中の自分はそんな思考に囚われる自分が愚かな事だと思い、おそらく表情筋すら動かない自分は無表情で仕事何かしているように見えているのだろう。 良くある男女の恋愛感情なら、恐らく何とも思わない惚れた晴れたか曇ったか、振られても動物的にまた他漁れば良い何て感情で処理出来て器用に流れて行けたかもしれないのにな。 何とも思考を遮断しようにも不意に込み上げた思考が無駄にちらつく。 割り切れるのに、何故か気が乗らない。 「タバコ吸ってくるけど、君も行く?」 真向かいの逸見君に珍しく話しかけた俺に驚いたのか、彼の顔が面白い位に鳩に豆鉄砲。 「え……どうしたんスか堺さん?」 「まぁ、良いから付き合えよ」 全面禁煙何て小洒落た規則何てのが就業規則に成ったのは、つい最近。新聞社の記者や編集の場何て俺が入社したころは加えたばこ上司何か腐るほどいた。 「はぁーい、お言葉に甘えて、堺さんと目覚めの一発に行ってきまーす」 「僕も、何か頭がぼーっとしてるんで、悪いね。ちょっと借りるわ此奴」 報連相って奴か器用に上司様と御一緒して席を外しますよと逸見君は宣言をして、出勤早々エレベーターホールの隅にある喫煙所へ歩く。 然し、俺の足元は何故か非常階段の方へ向かう。 「堺さん、喫煙所ここですよ~」 「いやいや、どうせなら今は上の階の喫煙所行こう」 「え?」 あそこ政治部じゃんって彼は驚いた様に言うと、「景色と自販機が良いんだよね」と勧める。昨年まで政治部だったからか実は今の場所より居心地が良いだけ。 非常階段を昇って直ぐに喫煙室が有る。窓が大きく眺めも良い。 「お、来たな主」 冷やかしみたいな言葉がドアを開いた早々飛び交う。「うるせぇ」同期に先輩の見慣れた顔ばかりで妙に和む職場のオアシスみたいな場所だったりする。 日差しが無い逆向きに大きな窓が有り開放感が有るこの場所から見える青空の際立った青さが鬱屈した気分を一掃してくれる。 北側特有の景色だけに、同じ真夏の夏空でも温度が丸で違う様な澄んだ青さが迎え入れる。 「場が変われば気分も変わるでしょうよ、ね、逸見君」 「そうですね」 きょろきょろと喫煙所内を見渡すと、下の階の狭い喫煙所には無いソファーやテーブル、珈琲の自販機に目が行く。 周りは可哀相な社畜と人生に疲れたオッサンばかりですけどと言う野次が飛ぶが、ま、実際に同じ景色や見慣れた景色ってのはどうも思考が曇ると回らなくなる。 「まだ、朝なんだけどさ」 ちょっと今日は怠いんですっていう時は此処で隠れてたんだよねぇ~って、俺は空いたソファーに勢い良く腰かけてタバコを取り出す。もう我が家に帰った気分にだらけそうな有様の自分がいる。 「世間様、俺みたいのをこう言うんだよ」 「給与泥棒」 賺さず機転の良い言葉が出る。本来の逸見君はとても出来が良い毒舌君だ。 はい、正解です。 何で冴えない給与泥棒の社畜の俺に彼が付いたかはお互い知る由も無いが、何となく職場ながらも冗談何か言える仲間と言う存在だと言うのは感じているし、そんな彼だからか小さな違和感何か気付くと少しだけ心配に成る。 慣れた様子でタバコを加えて火をつけて一服すると、見慣れない景色と場所に安堵を覚えたのか、いつもは立ちっぱなしの彼も空いた隣のソファーに座り込む。 「俺、多分そっちかもって思うんですよねぇ……」 違和感の答えはそれだった。「で、仕事出来そう?」って俺は返すだけで、次の答えを本人から聞き出す。「出来ますよ、仕事だし、感情論とかでも無いし」と何故か焦りながら戸惑いつつも切り返す。様子的にどうこうより、普段は出来る優等生が珍しくアタフタする姿が奇妙で滑稽なので、逆にこちらが呆気にとられた。 「因みに俺は敢えて公言何かしないタイプだ」 だってそういう性格だもの。それに今はその相手もいないし、だから何?って感じなんだよねぇっと言うと、驚いた顔をしていた彼が今朝の鳩豆面より面白い顔をしている。 ?! 何コレ……。 「まぁ、私情が仕事に影響無ければ淡々と片付けようか、ね?」 はぁ……と返事する彼の様子は確かに変だが、逆に俺も何故かアホ抜かしたかなと思う間だった。実は一番調子狂ってるのは実は彼より自分の思考回路の空回りだと言う現実に引き戻されたのも、夏の青空のせいなのかもと躊躇した。 午後に成り、案の定 今朝の夏空を裏切るような空模様。 本当にその日は無駄に時間だけが過ぎる一日で終わる。

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